小説 | ナノ



▼ダブルベッドの罠□

 せまい。
 同棲を始める際、折角だからと買ったダブルベッドの隅に追いやられながら、名前は密かに溜息を溢す。
 何故、こんなにも鯉登はこちらに寄ってくるのか。これでは一人暮らしの時に使ってたベッドよりスペースが無い。壁際が好きなのかと思い、一度反対側で寝てみた時は危うくベッドから落ちかけた。
 頼むから、せめて自分の枕で寝てほしい。
 毎回壁と鯉登に挟まれる度、起きたら一言文句でも言おうと意気込むのだが、朝に彼の顔を見ると名前の決意が霧散する。
 「こんなに幸せそうな顔されるとね」
 眉は下がり口元は緩やかに上がる顔を至近距離で見れるこの位置は、案外悪くない。
 さて、そろそろ起こさなければ彼も仕事に間に合わなくなってしまう。若干の名残惜しさを感じるが、名前軽く鯉登の体を揺すりながら声をかけた。

 
 ひろい。
 両の手足を広げても余裕のあるベッドで一人仰向けになる。
 鯉登は今日から出張だと言いながら出て行った。初めて広々寝れると名前が上機嫌になったのは数分で、既に予想外の空間に戸惑っている。
 壁からの圧迫感も彼の腕の重みも感じず、開放感を得られると思ったのに今の名前には物足りない。相当毒されていると頭を抱える。
 ぼんやり天井を見上げていると手元の携帯が鳴った。
 「はい」
 『そっちは大丈夫か』
 挨拶もなく唐突に喋り出す声は、間違いなく鯉登だ。
  大丈夫も何も、今朝見送ったばかりで帰るのは明日の夜だと聞いている。逆に何が起こるというのか。
 「大丈夫。そっちは?」
 『問題ない。ただ…』
 何やらもごもごと喋っていて聞き取れない。
 「え、なに?」
 『…お前がいないとベッドが広いと思っただけだ!』
 じゃあ明日!と勢いよく切られた電話をまじまじと見つめ、ニヤニヤと布団に入り込む。
 どうやら考えることは一緒らしい。

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