▼優しい友達(杉元)□
「あと、少し…」
限界まで伸ばした名前の手足はそろそろ攣りそうだ。まさか本棚の上に一番欲しい資料があるとは思わなかった。
この前は届きやすい位置にあったはずなのに、誰が入れ替えたんだ。先ほどから手を掠める本の感触が腹立たしい。
急に自分の周りが暗くなったと思った途端、真上から声がする。
「苗字さん、これ?」
手の先に空間が出来たと思ったら、目的の本が抜かれていた。名前が後ろを向いて見上げると見慣れた顔がある。予想外の至近距離に、少し心臓が跳ね上がった。
「あれ、違った?」
差し出されている本は、間違いなく名前の目的の物だ。
「あ、ごめんそれ。ありがとう杉元くん」
杉元くんは人の良さそうな笑顔でこちらに手渡してくる。有り難く受け取ると、タイトルを見て不思議そうな顔をしてきた。
「その資料って、明日までのレポートのやつじゃない?」
バレた。そっと杉元から視線をずらす。
言い訳をするなら、まずレポートの提出期限が短すぎる。なんだ、3日って。
そして名前は運悪く体調を崩し、レポートどころでは無かった。結果、今日しか作業する時間が設けられなかったのである。
幸い提出期限と比例して内容自体は簡単なものだから、夕方までには終わるだろう。
「大丈夫?何か手伝おうか?」
「(優しい)」
大学からの友人である彼は、同じ講義を複数受けていることもあってよく話す。
背が高いし顔に傷があるから最初は怖かったが、接しているうちに彼の優しさが分かり、今では名前の中で一番の男友達だ。
「大丈夫!」
この後は講義もないし、空いてる講義室でも使って仕上げよう。心配そうな顔をしている杉元に手を振り、名前は資料室を出た。
「やっと終わった…」
何が夕方までには終わる、だ。携帯のディスプレイには20時と表示されている。
自分の部屋でやったら集中出来ないだろうと思って学校で作業して良かった。帰ってたら休憩ばかりで、倍の時間は必要だっただろう。
名前がノートパソコンを仕舞おうとした瞬間にドアが開く。
「本当にまだいる…」
呆れたように呟くのは、昼に会った杉元だった。
名前が帰る支度をしているのを確認すると、安心したように笑う。
「苗字さん、途中まで一緒に帰ろう?」
本当に彼の優しさは天井知らずだな。名前は頷いた後、急いで荷物をまとめた。
大学を出て駅までの道を並んで歩く。
「杉元くんって本当に優しいね」
すでに電灯が辺りを照らしており、行き交う人も少ない。仮にも女である名前に気を使って、一緒に帰ってくれるんだろう。
「別に普通だろ」
顔を背ける彼の耳を見ると、薄っすら赤く染まっている。口調もいつもよりぶっきらぼうだ。
照れてる、可愛い。
思わずニヤける顔を抑えるように片手を口元に当てた。
やっぱり彼は、自分の自慢の友人である。
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