▼画面の向こう側□
食事中に何となく付けていたテレビから、聞き慣れた声がした途端顔を上げる。
「あ」
「なんだ?」
思わず漏れた声を聞き逃さなかった鯉登が、箸を止めこちらを見たのを横目で捉えたが、名前の視線はテレビのまま映し出される人を指差した。
「私この人好きなんだよね」
芸能人が多数出でくるクイズ番組に、現在絶賛応援中の俳優が映し出されている。元気に挨拶する姿が見ていて微笑ましい。
「かわいい…」
成人男性に可愛いという言葉が適切かは不明だが、彼見るとどうしても言ってしまう。
鯉登はぼんやり呟く名前とテレビを見比べて、おもむろに食事を再開していた。
「スタイルもいいし、演技も凄く上手いんだよこの人!来週から始まるドラマに出るから絶対見なきゃ」
「そうか」
口早に伝えると全く興味の無さそうな返事が返ってくる。そういえば鯉登と芸能人の話をしたのは初めてかも知れない。
余り関心が無いのだろうと思い、名前も食事を再開しながらクイズ番組を食い入るように見つめていた。
今日からドラマが始まるため、名前は早めにソファに座りチャンネルを事前に変えておく。
後ろのテーブルで、鯉登がキーボードを叩く音が聞こえてきた。珍しく少し仕事が残っているらしい。
クッションを腕に抱き、背もたれに深く背中を預けていると前番組が終わった。
よく見ようと名前身を乗り出そうとした瞬間、目の前に暗闇が訪れる。
「え、なに?!」
一瞬停電かとも思ったが、音は聞こえるし何より顔に感じる体温で察した。
「鯉登くん」
手を退けてもらおうと腕を掴んでもビクともしない。細身に見える彼だが、案外力強い。
「見えないんだけど」
ソファの後ろから目隠しされているのだろう。強めに声を掛けると今度は頭に何か乗る感触がした。これは確実に顎を乗せている。
「気に食わん」
「ドラマが?始まったばっかりだけど」
名前が視界を塞がれている内に何かあったのか、鯉登のつまらなそうな声が頭の上から聞こえた。
「お前が、他の男を嬉しそうに見るのが気に食わん」
私がいるだろう、と続ける彼の顔は見えない。
「俳優さんだよ?」
当然だが恋愛対象として見ているわけではない、それは鯉登も理解しているはずだ。
「分かっている」
憮然とした声が更に投げかけられて緩々と口角が上がっていくのを自覚する。
液晶の向こうにもヤキモチだなんて、可愛い人だ。
▼back | text| top | ▲next