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▼可愛いあの子はよく食べる□

 いた。
 スラッとした体格に整った顔立ちの彼はどこにいても目立つ。
 視界に捉えた彼、鯉登音之進と名前はゼミが被っているため顔見知りだ。
 初めて見たときは余りの恵まれっぷりに度肝を抜かれた。頭よくてお金持ちで顔もいいって、神様ステータス振りすぎである。
 そんなもんだから学内で大層おモテになられる鯉登音之進だが、名前が気になっているのはそこではない。
 「おはよう」
 席を通り過ぎるときに声をかけた。
 「おはよう」
 相変わらず綺麗な顔だ。しかし名前は顔ではなく手に持っているものに意識を向ける。
 サンドイッチだ。
 一般の人ならばここでああ、朝ごはんねーで終わる話だが、彼は違う。
 「1つ聞いていい?」
 「なんだ?」
 最後の一口を食べ終わった頃を見計らって話しかけた。
 「何個食べたの?」
 「5つだ」
 しかも朝ごはんは自宅で食べて来たという。
 「胃袋どうなってんだよ…」
 彼は見かけによらず大食らいだった。

 最初は名前も他の生徒同様、カッコいいなくらいの感想しか持っていなかった。
 ゼミが一緒になり、鯉登のことをよく見かけるようになり気づく。
 この人、めっちゃ食べる。
 一日何食するんだ、とかそんなに食べて太らないなんて喧嘩売ってんのかなどの思いを胸に、名前は今日も鯉登を見てしまう。

 緩やかに続いていた友人関係に、異変が生じたのはそれから1カ月後だった。
 最近、鯉登に避けられている。
 今まで普通にしていた挨拶もそっけないし、前のように隣の席に座らせてくれることがなくなった。
 名前は何が原因なのか分からず、周りの友人に聞くも答えは出なかった。
 友人でいることすら許されないんだろうか。
 日に日に重くなる足取りを感じながら今日も大学に行く。
 教室に入ると、あいにく鯉登しかいなかった。
 今日はゼミの打ち合わせもあるため、全員集まるはずだが来るのが早すぎたようだ。気まずい。
 「お、おはよう」
 自分でも分かるくらい笑顔がぎこちない。
 鯉登は一度名前を見たが、すぐ顔を逸らされる。気まずすぎる。誰でもいいから早く来て欲しい。
 小さな教室だから必然的に席は近くなってしまい、より静寂を感じる。
 もう、本人に聞いてしまおうか。
 こうして気まずい空気をいつまでも続けるのも同じゼミ生として良くない。
 「あの」
 自然と握った拳に力が入る。
 「私、鯉登くんに何かしちゃったかな?ごめん、全然気付かなくて」
 自然と名前の声が震えていく。
 本当に嫌われてしまっていたらどうしよう。
 「違う」
 鯉登が顔を上げて名前を見る。久しぶりに鯉登の顔をちゃんと見た気がした。
 「私は、」
 辛そうに目を伏せる鯉登が痛々しく見えた。
 「病気かもしれない」
 深刻そうに告げられた言葉は名前の予想の遥か遠くを行っていた。
 「病気?!なんの?!」
 健康優良児の代表みたいな鯉登が一体なんの病気に罹るというのか。
 「目が合うと胸が苦しくなって、他の男と話しているのを見ると気分が悪くなるんだ」
 私が思ってたのとなんか違う。
 「えっと、その子だけなんとなくキラキラして見える、とか?」
 「なんで分かる?!」
 これ、所謂恋の病では。思わず遠くを眺めてしまう。
 多分、病気だと思ったから移さないように距離を置いてたんだな、とか鯉登のような完璧な人も恋煩いとかするんだなとか色んな思考が名前の頭の中を巡る。
 なにより、好きな人から恋愛相談を受けてる状況が虚しいを通りすぎて笑えて来た。
 何が友人でいようだ。好きな人がいると分かって傷付いているじゃないか。
 「他の奴らに聞いても分からないの一点張りで困っていたんだ。病院に行く必要はないと言われたんだが…」
 そうだね、病院に行っても笑われるだけだよね。生ぬるい視線を向ける名前に気づかない鯉登は視線を伏せたままだ。
 これ、私が恋だと指摘しなかったらどうなるんだろう。
 きっと鯉登はいつまでも病気だと信じてしまう。でも、言わなかったらその子と付き合うことも無いのだろう。
 なんて醜い、嫉妬だ。
 「今もお前を見てるだけで胸が痛い。どうしたら治る?」
 「ん?」
 「もっと近づきたいが、お前に移っても困る」
 自分の耳が可笑しくなったのか、変な単語が聞こえた。
 「…私?」
 絶対聞き間違いだ。そう思いながらも名前は聞き返してしまう。
 「そうだ」
 真剣な表情のまま頷かれた。冗談なんか言う人ではないのを知っている。
 「そ、そうなんだ」
 「治るか?というかこれは何の病気だ?」
 本気で不思議そうにしている鯉登を前に、名前は両手で顔を隠して蹲ることしか出来なかった。

 それはあなたが私の事を好きだからですよなんて、絶対言えない。

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