小説 | ナノ



▼嘘を真に□

 なんと大学近くに新しくカフェができたようだ。
 通学途中にビラ配りをしている店員さんから一枚頂いて判明した。
 どうやらパフェの種類が豊富らしく、可愛らしい紹介文が所狭しと書かれている。特に一際大きく描かれているパフェが美味しそうだ。
 帰りに寄ってみようと詳しく見ると、イラストの下にデカデカと『カップル限定』の文字が踊っていた。

 何故、世間はカップル限定商品を生み出すのか。授業が終わった大学の教室で、名前はビラを睨みつける。
 普通のメニューを頼めばいいだけなんだろうけど、一度見てしまったらもうこのパフェをどうしても食べたい。
 いっそこの文字さえ消えてしまえば、なんて有り得ない思いでビラを見つめ続けた。
 「何を見ているんだ?」
 ひょい、と覗き込むように顔を近づけてくる鯉登に驚き、名前の喉から引きっつったような音が出た。
 大学からの友人である彼は、パーソナルスペースが狭いのか結構な距離感で話しかけてくる。少なからず好意を抱いている鯉登の至近距離に、毎度驚いてしまう自分が恥ずかしい。
 驚いている名前を気にもとめず、ビラに注視する鯉登くんのマイペースさに恐れ入る。
 「新しく出来たところだな」
 「そうみたい。美味しそうだよね」
 本当に美味しそうなのに自分にはこのパフェを食べる資格はない。全世界のカップル限定商品が滅びればいい、なんて不穏な思考に陥る。
 「これが食べたいのか?」
 指差されたのは正しく名前が見ていたパフェだった。
 「そう!これ美味しそうだよね!…私は食べれないんだけど」
 どれだけ食い意地が張ってるのかと白い目で見られてもいい。食べたい物は食べたいのだ。
 「ああ、限定商品」
 下の文字を目で追う鯉登が呟く。
 「行くか」
 「え、誰と」
 思わず聞き返してしまう。
 「一緒に行くんじゃないのか?」
 心底不思議そうに見てくる彼に同じ表情を返した。
 「ここ読んだ鯉登くん?カップル限定商品なんだよ」
 「男女で行けばいいんだろう?」
 そんな雑な感じでいいのか。疑問が湧いたが目先の食欲に勝てなかった名前は、申し出をありがたく受け取った。

 オープンしたてで賑わう店の中へ案内される。
 注文するものは決まっているが、どれも美味しそうでわくわくする。
 「店員さん呼んでいいかな?」
 「ああ」
 パフェを頼みメニューを下げてもらう。男女で味の違うものが出てくるらしいのでとても楽しみだ。
 「鯉登くん一緒に来てくれてありがとう。付き合わせちゃってごめんね」
 私とカップルだと思われてしまうリスクを負ってまで来てくれるなんて、友達思いの良い人だ。
 名前は感謝の気持ちを込めて彼の目の前で両手を合わせる。
 「恋人に間違われてん構わんでな」
 「…そうなんだー!」
 いや、そうなんだじゃないだろう。一呼吸置いた後に色々な考えが名前を襲う。
 恋人に間違われても構わないってどういう意味だ。勢いで頷いてしまった手前、聞き返すのも恥ずかしい。
 「お待たせいたしました!」
 微妙な空気をかき消すように店員さんの明るい声が響く。
 「…食べよっか」
 「そうだな」
 名前は鯉登の言葉が気になって、楽しみしていたはずのパフェの味が全然わからなかった。

 後日、一部始終を見ていた友人に声をかけられる。
 「2人ともいっつも距離近いし付き合ってるんだと思ってた」
 「いや、鯉登くんっていつもあれくらいの距離で喋るじゃない?」
 「そんなことないよ。むしろ割と遠い」
 「え?」
 これは期待してもいいんだろうか、私。

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