僕の気付きあげた世界というのは虫たちに囲まれた僕と虫たちのためだけの世界だった。だから僕以外の人間は僕の世界には存在しない。それで良かったはずなのに、なのに、一人だけ、僕の世界に足を踏み入れようとする人間が居た。


「今日も虫のお世話してるんだね、伊賀崎くん」


それは僕と同じクラスの女の子。名前は確か苗字さん、と言っただろうか。綺麗な黒髪を揺らしながらにこにこと可愛らしい笑みを浮かべ、彼女は当たり前のようにジュンコたちに触れた。この学校でジュンコたちに触れられる女の子は唯一彼女だけ、今時珍しいと思った。聞けば、実家が田舎だから小さい頃によく虫を捕って遊んでたらしく、その慣れみたいなものだそうだ。そう言ってほぼ毎日のように餌やりの時間帯に、こうして現れては僕と関わり、去ってゆく。そんな彼女が僕は嫌いだった。


「伊賀崎くんはいつも教室で一人だよね」


不意に彼女から出た言葉に僕はびくっ、と肩を震わせた。そしてゆっくりと彼女の方を見る。目を細め悲しそうにジュンコを撫でる彼女の横顔は今まで見てきた何よりも美しかった。彼女は僕と視線を合わせると「どうして?」と聞いてきた。どうして?人間は汚い、自分の欲のためならどんな犠牲でもも問わない、でも虫たちは違う、人間とは違い、助け合うことや協力する素晴らしさを知っている。ただの群がる人間たちとは違うんだ。


「僕は虫と居る方が楽しいんだ。人と仲良くしようなんて思わない」
「違う、伊賀崎くんは、本当は、人と仲良くしたがってる」
「っ、君に僕の何が分かるっていうんだっ!」
「分かるよ!」


だって私も同じだったから、その言葉に耳を疑った。同じ?何が?僕は知ってる、苗字さんは毎日たくさんの友達に囲まれていて幸せそうにしているのを、それのどこが同じだって言うんだ?ふざけるのも大概にしろよ。


「同情でもしてるつもりか?悪いけどそういうの迷惑でしかないんだ」
「同情なんかじゃないよ、私には分かる伊賀崎くんの心が」
「ここ、ろ?ふざけてるの?」
「…人間は、汚い」
「っ!」
「伊賀崎くんは信じてた人に裏切られた、だからそう考えるようになった。虫たちだけを信じるようになったのはきっと裏切らない存在が欲しかったから」


苗字さんはゆっくりと僕に近付くと僕を強く抱きしめる。嫌だ、嫌だ、嫌だ。どうせまた裏切られるのが落ちなんだ、だったら最初から受け入れない方がいい、人間なんて信じちゃいけない、そう思ってるのに体が麻痺したように痺れて動かない。なんで、どうして。


「伊賀崎くん、私じゃ、その存在になれないかな?私、伊賀崎くんを裏切ったりしないよ、命を懸けてでもそれだけは守り通すよ」


苗字さんの言葉に涙が溢れた。本当は分かってたんだ、自分が求めていたものを。僕はただ、裏切らない存在が欲しかっただけなんだ、本当は一人が怖かっただけなんだ。だから勝手に自分を守る世界を作った。結局僕も虫たちを利用していたに過ぎない。でも、もう僕には必要無いよ。君という新しい世界が出来たから。

















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