破滅願望(mlsb/マックス)


※舌に巻き付く緑の蔓の続き

「…あのさあ」
「んー?なあになまえちゃん」
「ほんっとに飽きないよね」

テーブルを挟んだ向こうで頬杖を付き、小首を傾げるマックスに私は一つ溜息を吐いた。
昼時の店内は他のお客さんの声でやや賑やかである。
あの人がこうだった、この後どうするか、そんな他愛ない会話が行き交っている中、そんなものは眼中に無いとでもいった様子で、彼はその丸く黄色い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けている。
私の眼前にはまだ食べかけのご飯が残っている訳だが、彼の食事はその傍らに投げられた吸引カートリッジが終えたことを物語っている。
人間とサイボーグとでは、食事にかかる時間が大分違ってくる。
それを彼は重々承知のはずだ。
加えて社長にこき使われるせいで忙しい日々を送っているので、せめてもの思いで私はご飯にはなるべく時間を掛けたいタイプなのだが、寧ろマックスには好都合のようだった。

「言ったでしょ?俺、なまえちゃんが食べている姿を見るのが好きだって」

あの日と同じように、マックスは言ってのけた。

「…それは聞いたし、こうも付いてこられたら疑っては無いけど」
「けど、何?」
「…いや」

喉元まで出かかった言葉を飲み込むように、ご飯を一口放り込む。
最初こそ訳の分からない理由で昼時になると何処かから現れる彼に四苦八苦したもんだが、人間の適応能力とは恐ろしいもので、今やこの状況に慣れつつある。
善し悪しは置いといて、ご飯をかき込むように食べることも無くなったお陰で、ゆっくりと味を楽しめるようにもなった。
そんな昼時がルーティン化しかかっている最中、今度は別なもやもやが私の中で顔を覗かせている。
彼の言う私の食べる姿を見るのが好き、という他に、もっと別なものがあるのではないかと最近思い始めたのだ。
安直な考えをするのであれば恋心に結びつけてしまいがちだが、彼の様子を見るにそれとは少し違うように思える。
デートに誘ってくることもしないし、連絡先の交換なんていうのもしていない。
そんなきらきらとして、温かさに溢れたものではないのだ。
けれど私を真っ直ぐに見つめる2つの黄色い瞳の奥に、何かあるような気がしてならない。
…考え過ぎだろうか、また一口ご飯を頬張りながら、どうにも喉の奥に魚の骨が引っかかったような感覚を払拭出来ずに居る。

「何かお悩み事?可愛い顔してるんだから、そんな怖い顔しないの」

彼の液晶画面にもし口元があるとするならば、きっと口角を緩めて微笑んでいそうだ。
相変わらずこちらを見詰めて止まない彼を、食事の手を止めて、今度は見つめ返してみる。
それで何か答えが出るはずは無いのだけれど、いよいよ我慢のきかなくなってきたこのもやもやを、吐き出せずにはいられなかった。

「…何か、理由があるの?」
「何が?」
「いや、"これ"に」

ああもう、言語化が難しい。
ようやっと吐き出せたかと思えば、半ば勢いに任せて発してしまったのもあり、上手く伝えられない自分にまたもどかしさを感じている。
ぐるぐると頭を回転させ私の持てる語彙力から的確な言葉を探し出してみるが、どうにもピンとくるものが無い。
はあ、と無意識に吐き出された溜息と共に、額に手を添えてつい頭を抱えてしまった。
目を閉じながら散らかった頭の中を整理していると、布の擦れる音と共に足音が数歩近付いてくる。
音のした方を見上げると同時に、向かいの席から移動してきたマックスが私を見下ろしていた。

「よいしょ、お邪魔しまーす」
「、ちょっと」
「なまえちゃんの抱えているもやもや、俺が解決しましょう」

マックスは有無を言わさずといった様子で、私の隣に腰掛けた。
上着の下に隠れた硬い腕の感触が伝わり、少し身構える。
特段サイボーグや、彼に対して恐怖心を抱いている訳ではないのに、この時はどうしてか、背筋を冷たいものが走った気がした。
態々隣に座ってきたマックスの意図を図ろうと見上げると、また真っ直ぐに見詰めてくる黄色い瞳と視線がかち合う。
いつもよりも近い距離にある2つの丸は、何処か歪に見えた。

「俺はね、なまえちゃん、めちゃくちゃにされたいの」

予想だにしていない答えに、思わずはあ?と声が裏返ってしまう。
意味が分からず困惑する私とは裏腹に、また彼は頬杖を付いて、いつもよりも楽しそうに私を見ている。
なんだか揶揄われているような気になり、思わず眉間に皺を寄せ寄せる。

「…よく分からないんだけど」
「そのままの意味だよ」
「馬鹿にしてる?」
「まさか」
「、じゃあ」

終わりの見えない問答に痺れを切らしそうになったとき、不意にマックスが私の髪を耳に流した。
普段とは様子の違う彼の行動に、言葉が詰まり体が強ばる。

「俺ね、好きな女の子に振り回されるのが好きなの。我儘なのも良いし、浮気しても良い。後は俺なんて眼中に無くて、まるでそこに居ないみたいにご飯を食べてくれるのも良い。俺がなまえちゃんの食べる姿が好きって言ったのはね」

ぐちゃぐちゃに噛まれるみたいに、俺のこともぐちゃぐちゃにして欲しいの。
他愛ない会話をするように、まるで普通の事だとでも言うように、マックスは平然と言ってのけた。
少しの間を置いてつう、と冷や汗がこめかみを伝う。
店内を埋めていた話し声が遠のいて、私の頭は益々混乱してしまった。
いつの間にか何度も食事を共にしている内に、ある程度マックスがどのような人物なのか分かっていた。
筈だったのが、それはどうやら見当違いだったらしい。
今は別人のように感じて、目を逸らしたいのに体は言うことを聞いてくれない。
得体の知れない生命体にでも出会したような、不安感や恐怖感が、体を支配し始めている。
彼に掛ける言葉が出てこず半開きになった唇に、機械化した指が触れる。
下唇に少し指を引っ掛けたマックスはうっとりとした様子で、隠れていた歯をなぞった。
かち、と歯に硬い指先が触れた感触に咄嗟に距離を取る。
所在を無くして宙に浮かんだままとなったマックスの手が、椅子の端っこで血の気を引かせている私を更に追いやるように、頬を指の背でなぞった。

「なまえちゃん、これからたくさん一緒にご飯を食べて、デートもして、一緒にお風呂も入って一緒に寝て、セックスもして、一緒に暮らそうね。たくさん思い出を作って最後は、一緒に死のう」

つらつらとそんな事を述べてマックスは私の手を救いあげると、口元であろう部分を手の甲へと寄せた。
そこにはひんやりとした液晶画面の硬い感覚だけが残る筈なのに、どこか温く柔らかい感覚も感じてしまうのは、この状況で私の頭がおかしくなってしまったせいだろう。
冷えた頭の奥で警鐘が鳴る。
震える左手の薬指に、マックスが爪を立てた。

(貴方も一緒、貴方も道連れ)



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