舌に巻き付く緑の蔓(mlsb/マックス)
「おねーさん」
午前中の仕事を終え、会社の近くのレストランへとやってきた。
店員に案内されるがまま窓際の席へと座り注文を終え、窓の外に広がる無数の星達を眺めていたところ、不意に背後から声がした。
昼時なのもあり店内はそこそこに混んでいたので、相席でも頼まれるのかと思いながら振り返ると、そこにはよく見知った顔が居た。
「…あれ、マックス」
「お疲れー、俺も一緒に良い?」
結構混んでるね、そう言いながら私が良いとも悪いとも返す前に彼は向かいの席へと腰掛けると、先程私が眺めていたメニュー表を開いた。
ここのレストランはサイボーグや強化人間は勿論、普通の人間の食事も用意してくれるので、重宝している。味も美味い。
会社からも近いし、窓も大きくてこのだだっ広い宇宙をぼんやりと眺められる時間が、私は好きだったりする。
「席空いてなかったの?」
「空いてたけど、隣の奴がうるさくてさ。やだなーなんて思ってたらなまえちゃんが居たって訳。俺これにしよ」
メニュー表から顔を上げて、マックスは近くを通りかかった店員さんに注文を伝えた。
…そういえば、こうしてマックスと二人でご飯を食べるのなんて、初めてな気がする。
会社の食事会や同僚との飲み会で席を共にしたことはあったが、勿論他の社員も居たので、この思いがけない2人きりの食事に少しだけ落ち着かない気持ちになった。
まあ、今更別々で、なんて言うのも失礼だし、彼を嫌っている訳でも無いので、心の内でむずむずとしているそれを、サービスで出された水を飲みながら隅の方へと追いやった。
「なまえちゃんは何頼んだの?」
「あー、これ」
「いいね!美味しそう」
少し身を乗り出し、マックスの手にしているメニュー表をサイボーグ用から人間用のページへと捲り、先程注文したものを指差す。
美味しそう、とは言ったものの、今の彼の目にそれはまだ魅力的に見えているのだろうか。
サイボーグの彼等は栄養補給によく吸引用のカートリッジを差しては、美味しいと言っているけれど、まだ生身の人間の私には理解の及ばない範疇である。
実際、機械となった体でどう味を感じるのか、アルコールもあるようだがまた違うのか、気になるかと言われれば気になるが、それを自分の体で試そうとは思えずにいる。
精巧な技術の元サイボーグとなったのだろうが、単純に、痛そうで怖いのだ。
今のところ人間の体で不自由はしていないし、私がサイボーグへとなるのはまだ先になりそうだった。
午後の仕事はどうだ、この前の仕事はどうだ、そんな他愛のない、同僚とよくする話をマックスとしていると、注文していた料理が運ばれてきた。
今日はお肉の気分だったので、ハンバーグを頼んでいる。
お肉の焼けた匂いにソースの香りが絡まって、それはそれは私の胃袋を刺激してきた。
ハンバーグをナイフとフォークで1口大に切り分けていると、マックスはカートリッジを吸引口へと宛てがい、彼は彼で食事を楽しんでいた。
「あー、めっちゃ美味い」
「あっという間だよね、それ」
「んね、便利なもんだよね。ちゃんと味感じるし満足感あるし」
へー、そういうもんなのか。
切り終えたハンバーグの1切れを口に運びながら、なんとなく吸引口部分を見詰めてみたが、サイボーグにとって内部のパーツやら何やらを見たり聞いたりするのはプライバシーに反すると前に聞いた話を思い出して、目線をハンバーグへと落とした。
いや、何がどうプライバシーに反するのかよく分かってはいないのだが、だからこそ変に疑われたり不快な気分にさせるよりかは、そもそも見なければ良いという話なだけだ。
…人間にとって、裸を見られるようなものなのだろうか。
それは確かに見られたくないし恥ずかしいな、なんて思いながら順調にハンバーグやら付け合せのスープやらを楽しんでいると、ふと視線を感じて再び顔を上げた。
「…え、何」
「いーや、美味しそうに食べるなーって思ってさ」
頬杖を付いてこちらを見詰めるマックスと目が合うと、彼は吸引し終えたカートリッジを抜きテーブルへと置いた。
対してこちらはまだ半分も食べていない事になんだか申し訳無いような、気まずいような気持ちになり、さっき隅へと追いやった落ち着きの無さが、また顔を出し始めてしまった。
「…ごめん、なんか待たせてるみたいになっちゃって」
「いいのいいの、気にしないで。ゆっくり食べて。俺、なまえちゃんがご飯食べてる所見るの好きなの」
「え、何それ、何で?」
「うーん、何でって言われるとちょっと困るんだけど、とにかく見ていられる」
「ふーん…」
待たせている、という気持ちに加えて今度は食べる姿が好きときて、私の落ち着きの無さに拍車が掛かる。
自分にとって何気ない行動である食事を、他人に好きだと言われた途端、一気にそれは何気ないものではなくなってしまった。
そもそも私がご飯を食べる姿が好きと言えるほど、彼はそんなに目にしていたのだろうか。
マックスはゆっくり食べてくれてと言っていたが、この妙に気まずい空間を少しでも終わらせたくて、フォークでハンバーグを2切れ刺して半ば無理やり口の中へ放り込んだ。
「、うぐ」
「あーもう、だから焦らないでって言ったのに」
ハンバーグで口いっぱいになってしまった私を見兼ねて、マックスがナプキンで口の端についたソースを拭き取ってくれた。
突然のことで少し驚いてしまったが、口の中の物を咀嚼するので精一杯で話なんて出来なかったので、若干の申し訳無さと警戒心を抱きながら、彼の善意に甘える事にした。
…この男、普段からこんな感じなんだろうか。
甲斐甲斐しく私の口を綺麗に拭き取ってくれている彼を見ながら、なんとなく彼の異性への接し方が透けて見えたような気がした。
きっとこの柔らかい口調とルックス、距離感の近さも加わって、嵌る女の子が沢山居そうだな。
なんて、下世話な考えがふと頭に浮かぶ。
「ねぇ」
ごく、と十分に咀嚼したハンバーグを飲み込むと同時に、不意に声を掛けられたものだから、少しだけ体が硬直してしまった。
頭に浮かんでいた考えが考えだったのもあり、タイミングが悪かった。
液晶に映された2つの黄色い瞳が真っ直ぐにこちらを向いている。
画面に映し出されている瞳からは感情は読み取れない、筈なのだが、こうも真っ直ぐに見つめられると、まるで心の奥底まで覗かれているような気分になってしまう。
私の考えている事などお見通しだとでも言いたげな様子に見えるのは、きっと私の考え過ぎなのだろう。そう思いたい。
彼の親指が、私の唇を撫ぜた気がした。
「これからさ、たまにこうやって一緒にご飯食べようよ」
「…タイミングが合えば、良いけど」
「やった!はい、綺麗になったよ」
マックスは手にしていたナプキンを簡単に丸めてテーブルへ放ると、また頬杖を付いて私の食べる姿を鑑賞する事にしたようだった。
彼からの提案が自分の中で意図しない物だったので、やや適当に返事をしてしまったが、やけに嬉しそうなマックスを見てその先の言葉は憚られてしまった。
…そんなに見てて楽しいのか。
彼の瞳が少し狐を描いているのは、私というより、私の口を見ているように思えるのは、きっと気の所為だろう。
マックスから視線を外して、私はまたハンバーグを一切れ、口の中へと放り込んだ。
(いつか俺も食べられてみたいな、なんてね)
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