02


名前のことなんかすっかり忘れていた、高校入学を控えた春休み。母親から名前が東京に戻ってくるって聞いた。しかも同じ高校だっていう。まあ、俺には関係ないけど。

と思ったが、入学式、クラス分けの張り紙の前で、だいたい出席番号一番で誰よりも早く自分のクラスを見つけられるはずの俺が、自分の名前と同時に、“苗字名前”の名前を探していたというのは、ほんの気まぐれだった。どうせ、家に帰ったらお袋から名前のことを聞かれるんだから、クラスくらい知っといても構わないだろう。

1、2、3組、と見ている最中に、「りょうくん、」なんて最悪の呼ばれ方で声をかけられた。高校生にもなって、なんでそんな甘ったれた声で呼ばれなきゃなんねーわけ。
振り向いて、それで、ちょっと女らしくなっていてびっくりしたっていうのは、ある。あと、多分かわいいとか言われる感じなんだろうと思った。別に俺はかわいいとは思わなかったけど、客観的に、そうだろうなっていう。とか何とか考えてたら、何を思ったか名前は「えっと、わたし、名前だけど、覚えてない?」なんて言った。覚えてないわけねーだろっていう。やっぱこいつバカだと思った。

「おまえ、4組」
「え、あ、」
「どーせまだ見てなかったんだろ」

掲示板の前には人がたくさんいて、名前のことだからきっとまだ自分の名前を見つけられていないに違いないと思って教えてやったら、また甘ったれた声で、「りょうくん、」なんて子供みたいな呼び方をしたから訂正させることにした。
別にこいつも、さすがに高校生にもなって泣き虫ってことはないだろうけど、俺の高校生活をこんなアホによって乱されるなんてことになったら我慢ならないわけで。それに、この歳で下の名前で呼び合って冷やかされたりするのも、幼馴染ってことで周りに勘繰られたりするのもいやだったわけで。だからできるだけ名前とは関わらずにいきたかったわけで。

「おまえ、もう子供じゃねーんだから、そういう呼び方すんなよ」
「え。じゃあ、何て呼べばいいの」
「知らねーよ。苗字で呼べば。俺も苗字って呼ぶし」



俺の平穏な高校生活を営みたいというささやか願いは概ね叶った。名前と関わらずに、ってとこ以外。

中学が女子校だったらしい名前は、男のいない環境だったせいか、男との距離感がちょっとずれていた。普通、男慣れしてないとかで男に対して苦手意識とか持っているべきだろう、と思う。何で逆なんだよ、意味わかんねーよ。教室の対角線上、談笑してへらへらと笑っている顔が、心底腹立たしかった。バカ、おまえ、顔ちけーんだよ。しかも喋っている相手、明らかに下心アリ、じゃねーか。ふざけんな。

つーわけで関わりたくないと思いながら、入学早々、思わず説教めいたことをしてしまったのだが。「おまえ、女子同士ならいいかも知れないけど、勘違いされるぞ」と言うと、よく分かんない、みたいな顔をされて、無性にむかついた。こいつはそういうやつだ。アホなのだ。自分がちょっとかわいいとか思われてるなんて微塵も思ってないんだろう。別に俺はかわいいとか思ってないけど。周りの奴らがそう言ってるだけで。俺はあほか、と思っているわけだが。

とりあえず名前には、人と話すときの適切な距離について教えてやった。

それで、名前がどう思ったかは知らないが、普通に俺に話しかけてくるようになった。俺のクラスは賑やかなやつが多くて男女共に仲がいいクラスだったから、名前が俺に話しかけて、宿題写させてやったり日直の仕事を手伝ってやったりするのは別に浮いたりしなくてほっとした。ほっとしたのは、名前に無視されたり、名前を無視したりしなくて済む、ということに対してでもあったようななかったような。だって俺は小学生の頃の“あの日”のことをちょっと後悔していたから。普通に、普通のクラスメイトになれてよかったと思った。



七月の終わりに高校から程近いところで夏祭りがあって、クラスの行けるやつで一緒に行くことになった。多分半分以上が来ていた。神社の入口で待ち合わせていたのだが、女子は浴衣を着てるやつも多かった。名前もその一人だった。

一応集合場所と時間を決めてから、大人数でわらわらと屋台のある通りに繰り出した。地元の小さな祭りといっても結構な人出だったので、しばらくすると三々五々に散ってしまう。ふと、多分仲の良い女子たちとはぐれたんだろう、頼りなさげな背中を見つけた。もう子供みたいな兵児帯じゃないけど、すぐにわかった。それで、一瞬、泣いているんじゃないかと思った。

「苗字、」
「あ、赤崎くん、」

声をかけるとほっとしたような顔をした。当たり前だが泣いてなんかいなかった。泣き虫の名前なんて、何年前の話だっつの。俺がもやもやしているうちに、名前は気まずそうに切り出した。

「あの、メイコたちとはぐれちゃって。一緒に歩いてもいいかなあ」

名前を追いかけて声をかけた時点で、俺は一緒に歩いていた友達からはぐれていたわけで。別に断る理由もなかったので頷くと、ぱっと顔が明るくなった。

「ありがとう、赤崎くん!」

それを見て、子供の頃の名前のまんまだと思う。一緒に行った祭りで、迷子になった名前はよく泣きながら闇雲に走っていた。迷子になった、というか、迷子になったと思い込んでいた名前。だって、俺はいつでも、走る名前の背中、兵児帯の金魚みたいなひらひらを見つけて追いかけていたから。それで、俺がようやく名前を捕まえて、泣き止まない名前を引っ張って、林檎飴を買ってやるのだ。そうすると途端に泣き止んで、ぱっと顔を明るくするのだ。それで、泣きはらした後の満面の笑みで名前は言う、「ありがとう、りょうくん!」

そんなことを思い出していたときに、「何か小さい頃を思い出すねえ」なんて横から言われたものだから、少し驚いた。

「赤崎くんは、ヨーヨー釣りが上手かったね」
「おまえは下手だったな」
「あはは、」
「よく迷子になって泣いてたし」
「そうだっけ?」
「今日も迷子になってるし。成長してねーな」
「うるさいなあ、もう」

お互いの知る夏を思い出していた。そうやって少しだけ、懐かしさに浸って歩いた。
それから時間が来たから集合場所に行って、名前は仲のいい友達の輪に戻っていった。





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季節はずれですみません。続きます。



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