01


名前は所謂幼馴染ってやつで、小さい頃は本当によく俺の後ろにくっついていた。泣き虫の名前。俺の小さい頃の記憶の殆どは、名前を泣かせたり慰めたり、名前を泣かせたやつに仕返ししたり名前を慰めたり泣かせたり、ということで埋められている。小さい頃の俺のアルバムは、名前と写っている写真ばかりだ。アルバムなんて見返す機会もそうないけど、お袋が何年かに1回とかそんくらいの頻度で引っ張り出してきて、あんたもかわいかったのにねえ、なんていうんだ。それでよく覚えているのは、「泣き虫の名前ちゃんと怒りんぼうの遼くん」とか書かれているページで。それってどうなんだ。と思うが、実際、ものごころついてから覚えている色んなことにおいて、まさしくその言葉の通りであったことは否定できない。なんだそれ、最悪の子供時代だ。

何よりも最悪なのは俺の初恋の相手が名前だってことだ。ものごころついた頃の俺の記憶の中の名前は、だって、ちょっとかわいかったから。昼間の明るい光の中で、色素の薄いふわふわの髪の毛がきらきらして、「りょうくん!」なんて、舌足らずの声で呼ばれたんだから仕様がないじゃないか。

まあ、その初恋もすぐに醒めるんだけど。だってこいつすぐ泣くし、いつでも俺の後ろに、りょうくんりょうくん、ってくっついて、俺が友達と遊ぶときにもついてくるし、一緒にサッカーしたがって、何でか知らないけど顔にボールが当たるようなところに突っ立ってるしで、とりあえずまあ、かわいくなくもなかったけど、はっきり言って結構、うざかった。

それで、小学校の高学年になると俺もまあちょっとはまともな、それらしい恋をするようになるわけで。相手は頭もよくて運動神経もいい、顔もかわいい学級委員長で、多分その子も俺のことを満更でもなく思っていたに違いないのだが、「遼くんは名前ちゃんのこと好きなんじゃないのー?」とか何とか言われて、しかもその子と仲のいい女子たちがそうやって彼女を俺から守るように壁を作ったもんだから、告白することも俺にはできなかった。

勿論、その頃には名前は俺の後ろにくっついているばかりじゃなくて、普通に女友達なんかときゃいきゃいつるんでいたわけだが。まあなんというか、要所要所で俺に頼ってくるわけで。それまでは、名前のそういうところ、俺に頼ってくるというところも、鬱陶しくありながらも少なからず誇らしくもあったわけだが、ほろ苦い恋の痛手に俺は我慢ならなかったわけで。

多分、学年も上がって普通に成長していけば、何もしなくても自然と距離は離れていったんだろうけど。それを待たずして俺は名前に言ったのだ。「おまえもう俺についてくんな。喋りかけても、俺は無視するからな」とか何とか。それまで、朝一人だと遅刻してしまいがちな名前を迎えに行って急かして準備させて学校の近くまで(友達なんかに遭遇するあたりになると、俺は名前を置いて走って行ってた) 一緒に行ったりしていたのだが、それもやめることにした。

その次の日、教室に入ると、寝坊常習犯の名前はもう来ていて、自分の席に座って、友達と喋っていた。俺が自分の席につくのにその横を通っても、おはようの一言も言わなかった。

その日から名前は一回も遅刻しなかった。


それから、たまに出る宿題も、毎年一緒にやっていた(殆ど俺が教える側だったけど)夏休みの宿題も自由研究も読書感想文も、名前は俺無しでやっていた。八月の頭に、お袋が、名前がもう宿題を終わらせたらしいことを言った時には俺は心底驚いた。いつも、八月三十一日に泣きべそかいた名前を、俺が助けてやってたのに。

クラス替えがあって、五年生ではじめて違うクラスになった。教室も離れていて、名前に会うこともなかった。でも、俺の家と名前の家は家族ぐるみでの付き合いがあったので、完全に疎遠になったわけではなかった。母親に連れられて名前が俺の家に来ることもあった。前までだったら俺と一緒に遊んでいたけど、名前は母親同士の茶飲みの話の席に一緒にいるようになった。

六年生では隣のクラスになった。たまに廊下なんかで擦れ違うときも、目が合うことはなかった。



中学に上がる前の春休み、名前は遠くに引っ越すことになった。家族ぐるみで見送りに行くことになった。親同士が話していて、俺と名前は手持ち無沙汰だったけど、二人で話すわけでもなく、あらぬ方向を見ていたような。

何か言いたいと俺は思ったが、結局「ちょっとのことで泣いたりするなよ」とか「寝坊ばっかするなよ」とかそういう、もう名前は絶対しないだろうなと思うようなことを言ってしまって、言った後に、名前にこいつバカじゃないの、みたいな顔をされるんじゃねーかと思って一瞬焦ったが、その一瞬の後に、「うん!」なんてバカみたいに明るく返事をされたので、ああこいつは多分本当にバカなんだな、と思った。





101115

「怒りんぼうの遼くん」って言いたかっただけの話。続きます。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -