フェイス


第一印象。よく笑う子だなあと思った。出会ったのは友人の結婚式の二次会で、くだらない話に、媚びる風でもなく、にこにこと楽しそうに笑っていて、いいなと思った。
連絡先を交換して、食事に誘った。一回目と二回目は都合が合わないとか忙しいとかで、やんわりと断られた。脈なしかも、と諦めかけた三回目の誘い。

「小籠包が絶品の中華料理屋」という文句がどうやら功を奏したらしかった。小籠包をはぐはぐと食べる彼女はひどく真剣な面持ちだった。「美味しいです」と言う顔も真顔だった。真顔だったのだがきらっきらの笑顔を向けられるよりも俺は何だか嬉しかった。小籠包、好きなんだなあと思った。
他愛もない話をぽつぽつとした。意外と笑わないな、と思った。でも、彼女は俺の話を聞いてくれたし、促せば自分のことも話してくれた。食事を終える頃には、たまに見せる、ちょっと目を伏せて息を零すみたいなのが、彼女の笑い方なのだと気付いた。第一印象の笑い方と、ギャップがあったけど、こういう顔もいいなと思った。
店を出て駅に向って並んで歩きながら、「また一緒に食事でも」的なことを言うと、彼女はちょっと居心地わるそうな顔をした。それから「あの、何というか、こういうつもりじゃなかったんです」とそう、真正直に言った。彼女の言う『こういうつもり』っていうのはつまり、彼女と俺という人間関係を結んでいくということだ。

「今日、嫌だった?」
「それは、ないです。ごはん、美味しかったし。丹波さんの話も、面白かったし」

俺はついでか、と脱力しかけて、それでもいいやと思った。

「じゃあ、たまに一緒にごはん食べようよ。ごはんともだち、ってことで」

ごはんともだち、と小さく復唱する彼女の声に、重ねるみたいに俺は言う。「俺、名前ちゃんより長生きしてるから、美味しいとこいっぱい、知ってると思う」


別々の電車に乗って帰路につく。神妙な様子で頷いた彼女の顔を思い出しながら、次は何を食べに行こうと早速考えている自分に笑った。



何度か一緒にごはんを食べた。初めて会った時みたいには笑わないけど、でもこっちのが彼女の素なんじゃないかって。それから、わかりやすい表情じゃないけど、意外と表情が豊かだと気が付いた。ただ、別に思ってもないことを、顔に出すことはないだけで。わざと喜んだり照れてみたりだとか、そういうことを、彼女はしないのだ。あからさまに嬉しそうな顔なんてしないけど、もぐもぐと咀嚼する彼女を見て、美味しそうに食べるなあと思った。好きかも、と思った。



ある時、パスタをフォークに綺麗に巻き付けながら彼女が言った。
「何か、丹波さんてすごくモテそう」

いつものほぼ無表情すなわち真顔でそう言った。そういう台詞って普通は女の子が俺に気があったり試したりする場合に言うものだと思うんだけど。でも彼女は全然そういうつもりじゃなさそうで、例えば「どうでもいいけど犬より猫の肉球のほうが気持ちいいよね」というようなことを言うテンションだった。

「それって褒め言葉?」
「…多分」
「あは、ありがと。まあ実際そうでもないけど」

モテる、つーのは例えば堺みたいなやつのことだ。何もしなくて本人もその気なくても何故か女の子が寄ってくるってやつ。あ、思い出したらむかついてきた、タレ目のくせに。

「ああ、うん、わかります。丹波さんはちょっと違いますよね。なんか、落とそうと思って落ちない女の人いない、て感じ」
全然落ちる気配のない君が言うか、と思った。



ロッカールームで着替えていると、にやにやしながら石神が近付いてきた。「丹さん、恋してるでしょ、」年甲斐もなくー、とにやにや笑いを濃くする。歳については余計だが、否定することもないだろう、むしろ余裕の肯定だ。

「まあねー、つーか何で知ってんだよ」
「昨日見ちゃったんだよね、恵比寿でランチしてたっしょ」

「丹さんすげー楽しそうだったけど。でもありゃ脈なしだよ、丹さんと女の子のテンションの差が遠目に見て分かったもん」
「まじか」
「マジマジ」

言われた内容は不本意なものだが、俺はにやにやしていたらしい。「へー、丹さん余裕っすね!」と側にいた世良に言われて気が付いた。
そりゃ遠目に、しかも名前を知らない奴が見たらそうだろう。でもあれで実は結構、名前だって楽しそうにしてるんだ。そんでそれは、俺だけが知ってんの。…多分。あ、何かちょっと不安になった。石神のあほ。



待ち合わせ場所に行くと、俺を待つ彼女の後ろ姿がすでにあった。どんな顔して待ってるんだろうか、と思い、遠巻きに彼女の正面にまわる。
ああ、こんな顔して俺のこと待つのね、と思った。そういえば、今まで彼女を待たせたことはなかった。彼女はだいたい時間きっちりにやってきて、俺がそれを待つのが常だった。だからだろうか、ちょっと不安げな、『待っています』な顔、に見えるのは。果たして俺のうぬぼれか。

声をかけようと思ったところで、彼女が俺に気付くよりもさきに、彼女の友人と思しき人物が彼女に話しかけていた。しばし友人と談笑する彼女を眺める。にこにこと楽しそうに笑っている。
初めてあったときもそう、彼女はあんな顔で笑うのだ。でもそれは、無理をしているわけでもないのだろうけど、今の俺には少し違和感がある。本人も周りも、気付いてないかもしれないが。俺と会ってるときの顔の方が、素なんだろうと、俺は確信する。

「ごめん、待った?」
「いえ、大丈夫です」

ほら、だって、さっきまでのにこにこ顔とは全然違う、他人から見たらきっとほぼ無表情の顔で、でも俺にはそれが、少し嬉しそうだってわかるんだ。



食事をしながら、他愛もない話をした。思えば彼女とは他愛ない話しかしたことがない。今日だって、最近あったこととかこないだみた映画のこととか、雨の日は憂鬱だとか近所の野良猫のことだとか。
そんな話の中、彼女は箸を置いて、なにやら深刻そうな顔で切り出した。

「あの…丹波さんは、どうして私とごはんを食べるんですか」
「うん?」
「私、丹波さんのこと嫌いじゃないですけど、何を期待されてるかよく分からなくて、ちょっと、困る」
「えっと、期待って?」
「先輩だったら後輩っぽくいたらいいし、恋人だったらやさしさとか甘えとか。友達だったら友達らしさというか親しみとか面白さとか、きっとそういうのを期待されてて、それを示していけばいいんだろうけど、丹波さん、別に友達じゃな…くもないけど、『ごはんともだち』って、丹波さんだけだからよくわかんないです」

「丹波さん、よくわかんないです。いつもにこにこ笑ってるし、私のこと、懲りずにごはんに誘ってくれます。私は楽しいし、楽だけど、私ばっかそんなんで、丹波さんがつまんなかったら嫌だなあ、て思って、」

彼女が俺のことを、1ミリでもいい、考えてくれて、そんでこんな顔してんのかと思うと、たまらなくなる。

「俺は名前ちゃんのこと好きだよ」
「はあ」
「何か期待してるとかそんなんじゃなくて、」

いやまあ、期待はしてますけど。

「顔」
「は」
「俺は名前ちゃんの顔が好き」
「…」
「いや別に顔だけが好きな訳じゃなくて」

例えば、今も、俺を見つめるまっすぐな目とかその表情、すごく好きなんだよ。

「やさしいとかそういうのも、好きだけどでも多分俺にやさしくなくても好きだと思うし。顔が好きっていうのはつまり、だから色んな顔見たいし、ずっとこうやって見てたくて、顔突き合わせて話してたいわけ」

見開かれた目に、追い討ちをかけるみたいに言ったって、ばちは当たらないだろう。

「だから、期待とかは…ほんとは、あるけど。できれば俺のこと好きになって、そんで、傍にいさせてよ」

ふ、と息の零れる音がする。名前ちゃんは目をふせて、ちょっと赤くなってる。わかりにくいな。でも俺にはわかる。これって照れ笑いでしょ。
ああやっぱり。俺は名前ちゃんの顔が好きだ。





101025

丹波さんと石神さんで迷ったのだが丹波さんで。完全に食べ物で釣ってます、餌付けです。私の丹波さん像は何かを間違えている気がしてならない。もっとかっこよく書きたいのにかっこよくならないのは何故。
堺さんは何故かモテて、丹波さんは口説くとか絆したりすんの上手そう、という妄想の産物。のはずなのに全然そうなっていないのは何故。



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