隅の我々


カラオケのモニターにはPVが流れている、さんさんと降り注ぐ太陽の下、にこやかにうたう若い女たち。聞こえてくるのは良い歳したオッサンたちのはしゃいだ声だけど。

「あー、数の子食べたい」

堺の隣で、若い女のくせに、オッサン然とした手つきでひたすら揚げ物を食べていた苗字が声を上げた。

「なんだよ急に」
「なんでしょう。何かAKBから数の子が連想されました。なんだろう、子沢山的な?」

代わる代わるマイクを回しているらしい、野郎どものひっくい声をBGMに、苗字は旋律を鼻歌でなぞる。

「もうじき正月じゃねーか。食べればいいだろ」
「え、堺さん一人暮らしで御節って食べますか?」
「……。いや、どうだろうな」

毎年帰省している訳ではないが、ここ数年は毎年必ず誰かと一緒に正月を迎えていた堺は咄嗟に言葉が出てこなかった。

「ですよねー。わたし今年帰省しないので。数の子とか買ったら一人で食べきれないし」

今年はどうすっかな、と薄暗い気持ちに浸る堺の思案に、これっぽっちも気付かずに苗字はへらりとしている。

「あー数の子食べたい」
「オッサンか」
「ぎゃー、オジサンに言われたくない!」
「あ?」

聞き捨てならん、と堺が思った矢先、喧騒の向こうから苗字に声がかかる。

「ちょ、名前さん、こっちこっち」
「え、なに」
「やっぱヤローだけでAKBはしんどいっす!一緒うたって!」

世良が苗字を呼ぶ。その後ろでは丹波と石神がノリノリでうたっている。しんどいのはうたう方じゃなくて聞かされる方だっつの、堺は思う。

「えー…サビしか分かんないっす」

めんどくさそうに応える苗字に、マイク越しに丹波が懇願する。

「サビだけでいいからめちゃくちゃかわいくうたって!」
「んな無茶な…」

すみません、ちょっと行ってきます、と言って苗字は席を立った。



結局苗字は何曲か一緒にうたわされて。それからまた定位置、みたいに堺の隣に戻ってきた。
それで、堺の隣でもぐもぐとまた、揚げ物を食べている。

「おまえ、食いすぎじゃねえ?」

咀嚼しながらきょとんとした目を向けられる。何だこれアレか、小学校の時、飼育小屋にいたウサギか何かか。もぐもぐもぐ。ごっくん。

「ああ、すみません、ええっと、食べ納め、みたいな」
「は?まだ今年数日あんぞ」

指についた油を舐めるから、堺は手近にあったおしぼりを手渡す。

「いや、そうなんですけど。ちょっと金欠で。十一二月、こんのくそ忙しい年末に結婚だの出産だののラッシュで。で、米買うお金が無いんですわ」
「あ?」
「米って結構高いじゃないですか。そんなまとまったお金なくて。とりあえず麺類で凌いでるっていう」

言いながら苗字の右手はもう、ポテトに向って伸びている。

「一次会では栄養を考えて野菜と肉ばっか食べてたので、炭水化物とっとかなきゃと思いまして」
「…おまえそんなに困窮してんのかよ」
「まあ、一時的に。もうすぐ実家から救援物資が届くので」

ケロリとした表情で苗字は言う。

「あ、そ。つーかおまえ二次会とか参加する余裕あったら米買えよ」
「あ、いや、ええっと。それは。この窮状を話したら誰かが奢ってくれるかなあ、なんて」
「誰かって…おい、俺か?」
「まあ、そうなりますね」

ゴチです、と両手を合わされた。

「拝むな」
「ナイス貧乏くじ、堺さん」

堺の眉間に皺が寄るが、気にした風も無く苗字は親指を立てた。

「今年の厄は今年の内に、ですよ。これで来年は安泰ですね」
「どうだか」
「えー、そうですよ、だって、今年は、結構いい感じじゃなかったですか。悪いこととか、そんな無かったでしょ」

マイクを持って相変わらずはしゃいでいる男たちを眺めながら、苗字は言う。
苗字の目の意味が分かるから、堺は溜め息にも似た笑みが小さくこぼれる。――『今年のETUは、よかった』、そう、今までにないくらいに。

「…どうだかな」
「えー、よかったですよ。堺さんだって、めちゃくちゃ。だから、来年のためには、今日ちょっと厄があるくらいで丁度いいんです」
「もっともらしく言ってんじゃねーよ」

そもそもは苗字の金欠の話なのだから。
苗字はツボに入ったのか声をあげて笑った。

「あはは、はあ、ふう。なーんか、今年はちゃんと一喜一憂できた気がします」
「なんだよ急に。…つーか一喜一憂“できた”て変じゃねえの」
「え、そうですか」
「いろんなことに踊らされたってことだろ」
「うーん、はは、まあそうなんですけど」

笑みの引かないまま、楽しげに苗字は続ける。

「去年までは、何か、一喜二憂?みたいな感じだったじゃないですか。今年はちゃんと、一対一で、一喜と一憂です。ちゃんと一喜一憂できてよかったです。…そんで、堺さんがちゃんと、今年の厄は今年の内に、だったから」
「おまえのせいでな」

苗字の笑みはそのまま。だけど少し、挑戦的な、勝負師みたいな色を持つ。

「あはは、だからなんか、来年は二喜一憂くらいになりそうな予感、しません?」
「…さあな」
「えー、来年の忘年会で答え合わせしましょう」

へらりと苗字はいつもの笑みになる。
来年の今頃は天宮杯に向けて走ってんぞ、て言葉を飲み込んで、堺はその平和そうな笑みを享受する。





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10000hitリクエスト作品。
『忘年会の二次会かなんかでカラオケではっちゃける人達の横で堺さんとぽつぽつと今年を振り返る』



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