夜が眩い


コーヒーショップの窓からは、クリスマスツリーにつながるイルミネーションの道が見えている。たくさんの人が楽しげに歩いている。
両手で包む紙コップの中身は、すっかり冷めてしまった。

名前の職場から程近い場所にあるコーヒーショップは、後藤との待ち合わせによく使っている場所だった。といっても、今日は後藤を待っているわけではない。お互い仕事が忙しくて、名前だって残業を終えてようやく解放されたところだった。

「ごめんな」

別に期待していたわけでも、まして約束していたわけでもなんでもないのにあの男は酷く申し訳なさそうな顔をしていた。季節を先取りする街にそれらしい灯りが点り始めた頃だっただろうか。自分よりもずっと大人のはずの男が、叱られた犬みたいに情けない顔をしていて、名前は笑ってしまった。
思い出してにやりとするけれども、思い出すたびに後藤の顔はどんどん曖昧さを増していくような気がする。ごまかすみたいに飲み込んだコーヒー、いつも後藤が飲んでいるそれは、ひやりとして、苦い。

カップルが通り過ぎていく。窓ガラスの向こうは、酷く寒そうだ。けれどそして、楽しそうだった。

別に後藤に会いたいとか寂しいとかそんなのじゃなくて、と名前は思う。そもそもこの忙しい時期に会えるなんて思っていないし。現実は現実、それはそれで満足している。それに、恋人らしいことに憧れたり拘ったりする歳でもないのだ。
ただ、と思う。ただ、この場所から駅に向うにはあのイルミネーションの並木道を歩かなければならない、人の流れに逆らって、一人きり。それはちょっと憂鬱な気がする。

ああでも、やっぱり。コーヒーを飲み終わったら、一人でツリーを見に行こうと名前は思う。そして、きらきらしたクリスマスツリーを写真に撮って、後藤にメールしよう。次に会うときにはきっと、あの男はまたあの情けない顔をするだろう。

ツリーを見て、そして、ちょっと眺めたら家に帰って、おなかが空いてるからひとまず作りおきしておいたシチューを食べよう。あったかいお風呂に入って、それで、後藤にお疲れ様、てメールして、眠ろう。

そんなことを考えているときに、テーブルに置いた携帯がチカチカと光る。着信、後藤恒生。

「…もしもし」
『ああ、名前。お疲れ』
「お疲れ様。仕事終わったの?」
『ああ』

帰路だろうか。外を歩いているらしい後藤の背後はざわざわしている。

『今どこにいるんだ?』
「家だけど」
『ハハ、』
「なに」

何で笑われるのか分からない名前は、窓に反射する自分の顔が、歪むのがわかる。不機嫌、でも、ちょっとの“うれしい”の気持ちが隠しきれずに変な顔になっているのに気付いて、ぐぐっと眉間に皺がよる。いかんいかん、と慌てて皺を伸ばす。

『ホントはどこにいるんだ?』
「…家だけど、何」

名前が嘘を吐いたのには、別にどんな意味も無かった。

『いや、別に。なあ、おまえが好きなのって、キャラメルなんとかだっけ』
「…なんとか、じゃなくてエクレールラテ」
『ああ、それだ』
「…だから、何なの」
『いや、なんだろうな』

後藤の声は弾んでいる。
ああ、もう、ばか。名前にはもう分かってしまった。

『なあ、もし今日一緒にいられたら、何してた?』
「さあ。…残業帰りに待ち合わせして、」
『ああ』
「時間が遅いから外でご飯は微妙だから、家でゆっくり、シチューがあるからそれ食べる、かな」
『ああ』
「貰い物のワインも飲んで」
『いいね。ケンタッキーでチキン買って、ケーキは…この時間だから無理か』
「コンビニで一番高いの買おーっと」
『ああ』
「ねえ」
『何だよ』
「バカじゃないの」

反射する窓ガラスに、変な顔をした自分と、紙コップと携帯を持った男が映っている。名前は振り返らない。反射越しに目を合わせたその奥に、外のイルミネーションがきらきらと輝いている。

「メリークリスマス」

男の手にある甘ったるいのを飲み干したら、あのイルミネーションの真ん中を二人、腕を組んで歩くのだ。

“もし今日一緒にいられたら”――きっと最高の夜になる。





101224

Merry Christmas!



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