難問と解


今日は前々から予定していて、映画を観ることになっていた。

「これでいいんだよね」

映画館の入口でポスターを指差すと、名前は頷いた。頷いたけど。

「わたし、それもう観た」

え、と思う。え、一緒に観ようって言ったじゃん。ていうか珍しく名前から言い出したことだったから、俺としてはうれしくて、すげー楽しみにしてたんだけど。
でも、そんなことは言わない。名前の考えてることって分かりにくいし、機嫌を損ねたら一週間も二週間も口を利かなくなるからだ。せっかくのデート、そんなふうに台無しにしたくない。

「じゃあ、違うの観る?」
「ううん、それ観て」
「退屈じゃない?もう観たんでしょ」
「それ、面白かった。わたしは好き」

そっか、と思い、チケットを買おうとすると、袖を引かれる。

「わたしは帰る。映画終わったら、うちに来て」

え、ちょっと、何だこれ。難解すぎるぞ。

「え、俺ひとりでコレ観るの?」
「そう」
「名前は?」
「うちに帰ってる」
「じゃあ俺も一緒に」
「だめ。和巳は映画観て」

大きな目で見上げられて強い調子で言われたから、思わず頷いてしまった。名前にこうやって見上げられると、弱い。
結局一人分のチケットを買う。名前はもぎりのところまで見送ってくれて、うれしそうに手を振った。


名前の変な行動(まあいつものことで、慣れっこだけど、)について考えている間に予告編が終わって、映画が始まった。終わってみると、名前が言ったとおり、面白かった。劇的じゃないけど、淡々としてあたたかい、名前が好きそうだと思った。一緒に観たかったなあ。それで、観た後、カフェかなんかに入って、好きなもののことに関してはちょっとだけ饒舌になる名前の話を聞きたかった。
なかなかどうしてままならないな、と思いながら、名前の家に向かう。


チャイムを鳴らすと、名前はエプロン姿で迎えてくれた。初めて見た。ていうかエプロンとか、持ってたんだ。かわいい、けど。え、何これ。どういうこと。しかも何だか、いい匂いが漂っている。嘘でしょ。

「なに変な顔してんの。手洗って、座ってて」
「うん、」

名前が俺に手料理を食べさせてくれたことは、一度もない。一人暮らしだから、自炊してることはしているようだけど、本人曰く「料理、好きじゃない。苦手」。彼女の手料理、ていうのはどうしても魅力的なものだから、えーでも、食べてみたいなあ、なんて言ったこともあるけど、それからしばらく口を利いてくれなくなってしまった。
共寝の朝には、寝起きの悪い名前のために、俺が朝ごはんつくったりなんかして。
だから、名前が料理しているなんて。

部屋に入ると、エプロン姿の名前がいて、何だか感動する。

「なに」
「え、うん。何か手伝うよ」
「いらない。もう出来るから、座ってて」

もっと近くで見ていたいんだけどなあ。機嫌を損ねたくはないので、ソファに座って後ろ姿を眺める。もう出来るから、て、前から作ってたってことだろ。俺に一人で映画観させたのって、このためだったの。
名前の言動は難解だ、でもその答えがみつかると、どうしようもなく胸があつくなるんだ。


「え、ちょ、これ」
「なに」

食卓に出されたのは、シンプルなスープ、サラダ、バゲット、そんでもって、まるまる一羽の、スタッフドチキン。

「な、何でこんなの出来るの、料理苦手って言ってたじゃん!」
「うち、毎年焼いてるから、これは得意。それにこれ、ほとんど焼くだけ」
「でもすげーよ!美味そう!」
「…シャンパン開けて」

名前は取り分けながら、ちょっと恥ずかしそう、で、うれしそう。ていうか俺がうれしい。

「えっと、じゃあ、乾杯」
「ん」

名前の初めての手料理は、めちゃくちゃ美味かった。美味い美味いを連呼していたら、しまいには名前が怒り出した。分かりにくく(でも分かりやすい)照れている名前が、かわいい。

「つーかなんで今日?これってクリスマスのご馳走だろ」
「だって当日は、和巳もうどこか予約してるんでしょ」

そんなの、言ってくれたら、ヨユーでキャンセルしてた。名前の行動は難解でマイペースに見られがちだけど、でも本当は、すごくちゃんと考えてる。いじらしいくらいに。

「名前の方が、大事」
「…」

名前が微妙な顔をして黙ってしまうけど、これは不機嫌じゃなくて、何かを言おうとしているときの間。黙って、待ってあげると、言い難そうに、名前は話し出す。

「和巳、前、手料理は夢って言ってた」
「うん」
「初めてのが、こんなのって。ちょっと、変じゃない?」
「変じゃないよ。すげーうれしい」

確かに想像の斜め上を行ってたけど、全然、うれしいことに変わりはないじゃないか。そんなこと気にしちゃうの。ばかだねえ。かわいすぎる。


一緒に洗い物を済ませて、名前はソファで眠たげに目をこする。

「明日の朝」
「ん」
「卵とパンある」
「フレンチトースト?」
「食べたい」
「わかった」

満足気に頬を寄せてくる。一足先のクリスマスプレゼントみたいな女の子。





101221

先取りメリークリスマス。
キヨは凝ったものは作らないけど料理上手だと思う。



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