恋と博打


だんだん影が伸びてくる夕方の、ほんの少し前の時間に、住宅街をぶらぶらするのが、何もない休日の名前の過ごし方だ。小さな子供を連れたお母さんたちが公園に集っていたり、学校帰りの子供たちが競うように走っていったり、きっと今晩の献立を考えながら買い物に向っているだろう人々と擦れ違ったり。
この時間が好きだ。日常がやさしく照らされている。

公園の端のベンチに腰掛けて、ぼんやりと日向ぼっこをしていると、青年が走っているのが見えた。いいなあ、若いなあ。ぼんやりと眺めているうちに、彼はゆっくりと立ち止まった。何処からか転がってきた迷子のサッカーボールを足で掬い上げて、そのまま足やら膝やら頭やらでぽんぽん跳ねさせている。少年の面影を残しているその顔は、一人きりなのに、やたらに楽しそうだ。鼻歌なんか、聞こえてきそうなくらいに。
瞬時にカメラを構えて、シャッターを切っていた。名前の習性で、職業病みたいなものだ。趣味と実用、8対2くらいだけど。

小学生くらいの男の子が走ってきたのに気付くと、彼はふわりと蹴り上げて、ボールを少年の手元に送った。声変わり前の、元気のよい、ありがとうございます!の声が、名前の元まで届いてふっと、ほほえましい気持ちになる。
仲間の元に走っていく少年の背を見送る彼の横顔をファインダー越しに眺めながら、自分もきっと同じ顔をしているのだろうと名前は思う。また、シャッターを切っている。

カシャリ、

横顔がふっとこちらを向いたと思うと、その表情が固まる。名前は苦笑しながらカメラを下ろす。

「こんにちは!」

言って、にっこり笑う。名前の天性のものと、あとちょっと、相手に警戒心を抱かせないように打算が加わってるけど、人から見たらきっと百パーセント邪気のない笑顔。

「こ、こんにちは」

名前の打算通り、相手はちょっと安心したみたいにへらりと笑って挨拶を返してくれた。でも、固い。さっきみたいには笑ってはくれない。あたりまえだけど、ちょっと惜しいな、名前は思った。



「あ、」
「、ちわッス」

通りかかった鯛焼き屋の前で偶然、再会した。
椿からしてみたら“こないだ公園で何かカメラ構えてて何この人と思ったけど悪い人じゃなさそう”な、年上の女の人。にっこり笑顔が何となく記憶に残っていて、でもそれだけだから素通りしようとしたのだけれど、相手も自分に気付いたようで、ちょっとだけ目を大きくしたから、挨拶。
するとにっこり笑って、

「ねえ、ちょっと待ってて」

そう言われて思わず、従順にその場で、何を待つのかもよく分からずに待つ。
待つというほどのこともなく、彼女は店の人と挨拶を交わして、店を後にした。右手に鯛焼き。左手にも鯛焼き。それで、かたっぽを差し出して、当たり前みたいに「食べるでしょ?」と言う。にっこり、笑顔つき。

「え、あ、いいんスか」
「いいよー。ここの鯛焼き美味しいんだよ」

強引、とは思わないし不快でも何でもないけど、何だか押しの強い笑顔だなあ、と椿はぼんやりと思う。


「私ね、タウン紙のライターやってんの」さっきのは取材なのさ〜。

アツアツの鯛焼きをはぐはぐ食べながら、彼女が話す。

「××っていうの、知らない?」
「あ、知ってるっス」

世良や赤崎が眺めているのを隣で見たことがある。載ってる店に連れてってもらったこともある。

「あ、まじで?うれしいな」

あは、だから写真は仕事で撮るんだけど。趣味でもあるんだよね。
前を向いたまま喋っている彼女の横顔を見て、ああそれで、と椿は納得したような気分になる、この間、公園で会ったときのこと。写真撮るの、ほんとに好きなんだなあ、て、伝わってくる。

「あ、そうそう。こないだの写真、今朝ちょうど現像したとこなんだよ」

鞄をごそごそやってから、あげる〜、と言って手渡された。数枚の写真をめくっていって、椿はぎゃあ!と叫びたい気分になる。

「やー、楽しそうだったから。なんかそういうの見たら、気付いたらシャッターきってんの」

彼女はにこにこと椿を見上げる。
いや、あの、ていうか!俺が気付くずっと前から俺を撮ってたの!?
動揺して何が何だかわかんなんくなっている椿は何も返せないが、気にしたふうもなく彼女は続ける。

「サッカー好きなんだねえ。すっごい楽しそうだった!」

ぎゃあ!とまた椿は叫びそうになる。俺、一人ですっごい楽しそう、とか、どんだけなの。



にこにこして喋る彼女の隣で椿は一人あわあわしながら、商店街を並んで歩いた。
彼女は街の人と顔見知りみたいだ。店先に立ついろんな人から声をかけられていた。

「いい男つかまえたな!」
「でしょ〜!」

「うちの店にもまた来いよ。みんなよろこぶから」
「うん!」

そんな彼女の隣を、チキンの、しかも写真の動揺を残したままの椿はおっかなびっくり歩いていたけど。かけられる声に応える彼女の笑顔を、何だかいいなあとぼんやりと思った。


みんな親しげに名前、名前さん、て呼んでたから。それで、あ、名前さんっていうんだ、て何となく、覚えていたから。



だから、本当に偶然、人ごみの中、姿を見つけて、椿は思わず声をかけていた。

「名前さん!」

呼ばれて振り返った名前が、椿を見つけると、子供みたいな満面の笑顔になって。
俺なんかより、全然、こっちのほうが、写真におさめたいよ!
そう思って。椿は一瞬、見惚れたんだけど。

「あれ、私名乗ったっけ?」

笑顔のあと、きょとんとした顔をされたから、椿は焦った。

「いや、あの、えっと、スイマセン!こ、こないだ、そうやって呼ばれてたんで…」
「あ、そか。じゃあ、」

にっこり、て音が聞こえてきそうなくらい、百パーセントの笑顔で見上げられる。

「あらためまして、苗字名前です」
「つ、椿大介ッス!」

つられて名乗って、それから椿は、ちょっと惜しい気持ちになる。百パーセントのこの笑顔より、さっきの、子供みたいな笑顔のほうが、ずっと好きだ。


何かを自覚するより先に、言葉が出ていた。

「あ、あの!」
「ん?」
「また会えますか?」

また会いたいです、がそのまんま顔に出ていることに気付かないで言うものだから、気付いてしまった名前の方が照れてしまう。

「会えるよ、きっと」

椿は名前の答えを聞いてほっとしたみたいに、それで満足したみたいに、はにかむ。名前はちょっと拍子抜けして、笑ってしまう。

「じゃあ、またね」
「は、はい!また!」

背を向けて歩き出す。こみ上げてくる可笑しさを堪えきれずに、名前はにやにやしてしまう。
拍子抜け。だって、普通、連絡先聞くとか、そういうのするでしょ。今日会ったのだって、本当に偶然だ。次に会う約束もなくて、連絡先も交換してなくて。でもまた会いたいって思ってくれて、きっと会えるって言うと満足して。

ばかみたい。名前は思う。でも、自分だって多分相当なばかだ。だって、この賭けにのるつもりでいる。

次に会えたら恋をしよう。





101127

それで椿くんは名前さんに撮られた写真を誰かに見られてこの話を飲み会か何かで先輩方に吐かされて、ほんわか幸せそうに言うんだけど周りから「ちょ、連絡先も知らない相手にどうやって次会うんだよ!」とつっこまれて慌てるわけです。ということが書きたかった話。なのに書いてないという。



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