恋と子供


初恋は多分、幼稚園の頃。いや、もっと前かも。ものごころついたときにはもう、恋をしていた。相手は、サッカー選手。でも、サッカー選手っていうよりは、近所のサッカーの上手なかっこよくてやさしいおにいちゃんを、好きになったのだ。憧れって言ったらまあそうだけど、でも初恋なんてきっとそういうものだ。誰かって聞かれても、多分言ってもわかる人は、いないと思う。ETUの、ってとこまで言うと、タツミ?とか言われるけど、名前はマジありえない!と憤慨する。あれは名前の仇みたいなものだ。

初恋の相手は、ETUの、後藤っていう、CBの選手。
もう十年以上も前のことだ。

写真は、実家に帰ったら多分いっぱいある。今も、一枚だけ持ってる。お気に入りのワンピースを着た名前が、ゴトーに抱っこされているやつ。三歳くらいの名前と、ゴトーは大卒で入団したから、おにいちゃん、ていうには、今思えばもう大人だった。

お約束のあの、典型的な約束も、名前は一方的に宣言してた。大きくなったらゴトーのお嫁さんになるもん!とか何とか。ゴトーが何て言ってたか、名前はもう忘れてしまったけど、おぼろげな記憶の中で、ゴトーはきっと笑ってた。名前の思い出の中のゴトーは笑ってる顔ばっかり。今思うと困ったみたいに笑ってた気がするけど、名前はそれが好きだった。

ゴトーは、CBで、背高くて、かっこよかった。今思うとあんまり上手くなかったかもしれないけど、と記憶を手繰って名前は思う。でもでも!だってゴトーかっこよかったもん。イケメン…ていう感じじゃないかもしれないけど、まあ、でも写真は、今見てもかっこいいって、思ってる。

小さい頃は両親に連れられてよくスタジアムに応援に行った。試合が終わると、選手が来るのだ、サポーターの前に。で、そのときにサポーターのおじさんなんかが、ゴトーにこう、もっと上手くやれみたいなことを言う。名前はそういうのに、あんまり覚えてないけど、食って掛かってた、らしい。ゴトーがんばったもん!みたいな感じで、ちびっこが半泣きだったから、おじさんたちはさぞやびっくりしたことだろう。今思うとゴトーは苦笑してたんじゃないかな、とゴトーの顔を思い出して、名前はちょっとあったかいような気持ちになる。ぼんやりとしか覚えてないけど。

近所のお兄ちゃんっていうのは、名前の昔住んでた家が、ETUのクラブハウスから物凄く近くて、建物で言ったら隣の隣の向かいとか、そんくらいだったから。しかも当時のETUの独身寮はクラブハウスの近くだったから、だから本当に、近所のおにいちゃん。よく遊んでもらった。近所に、と言ってもチビッコの行動範囲の中のことだけど、名前の近所には歳の近い子がいなくて、それで何でかよく選手たちと遊んでもらってた。名前は何故かゴトーのことが好きだった。何故か懐いてたわけで、今思うとゴトーはそういうの、無下にできなかったんだろう。サッカー…とは言えないけど、ボール蹴りっこなんかしたりして。今思うと相当、邪魔くさいちびっこだ。

名前の家と寮の間に、大きい犬…多分ゴールデンレトリバーとかラブラドールとだとかの犬がいる家があった。子供の名前にはもう、ものすごく大きいわけで。名前は怖くて一人じゃ通れないけど、そこを通らなきゃゴトーに会いにいけないし、家にも帰れない。ゴトーが一緒だと怖くなかった。安心するのだ。それで、よくゴトーが手をつないで一緒に歩いてくれたのを名前は覚えている。今思うと本当にもううざったいちびっこ。
ゴトーに手を引かれて歩いたことを思い出すと、名前はうれしかった気持ちを思い出すのだけれど、それを思い出すとき、やなことも一緒に思い出してしまう。ここでタツミ。まじもうありえないんだけど!と名前は今でも忘れやしない。ゴトーとふたりで手をつないで帰りたかったのに、その日はタツミが名前を抱っこして、ゴトーを置いていって。で、タツミはその犬のおうちの前、それどころか犬の目の前!に名前を下ろして置き去りにした。ちびっこの名前は一瞬放心してから、大泣き。絶対忘れない、忘れられないトラウマだ。それからタツミは名前の天敵。それまでも、タツミってやつはゴトーと仲良くてなんか気に入らなかったけど、ますますもって名前の宿敵になった。
その後は、ゴトーが助けに来てくれたんだけど。それで、ますますもって名前の中でゴトーはヒーローになった。

小二のバレンタインに、名前は人生で初めてお父さん以外の人にチョコあげた。勿論相手は、ゴトー。お母さんとデパートに行って選んだのだ。でも当日、練習はオフで、名前は寮の前で待っていたけどゴトーは帰ってこなくて、タツミにゴトー今日は帰ってこないよって言われて。今思うと彼女とデートだ。ちびっこの名前にはそんなこと、思いもよらなかったけど。それでまあ、帰ってきたら渡しといてあげるって言われたから、タツミに預けた。
次にゴトーに会ったときに、ありがとうって言われてすごくうれしかったのを名前は覚えてる。でもそのチョコ、タツミも食べたらしくて。多分タツミが何か言ったからだと思うけど、それがわかって。ものすっごくむかついたのも名前は覚えてる。名前はゴトーに全部食べて欲しかったのだ。ますますもってタツミ許すまじ。何だか無性に腹が立ってくやしくて、帰ってから布団に包まって泣いたのを覚えている。

そんなこともありつつ、ゴトーが京都に移籍することになって。名前はいっぱいいっぱい考えて手紙を書いて、最後に会うときにゴトーに渡した。泣いてたかも知れない。その記憶はおぼろげだ。でも、ゴトーが頭撫でてくれたのは覚えている。
ゴトーはよく名前の頭を撫でてくれた。やさしかった。タツミなんかは名前の髪の毛をぐしゃぐしゃにするから名前はキライだった。もう全然違う、雲泥の差。ゴトーが頭撫でてくれるのが、名前は本当に好きだった。多分、子供ながらにゴトーのこと、すごく好きだった。

それで、名前の初恋は、でもどういうわけか、すぐには消えたりしなかった。普通に隅スタにサッカーを観に行って、名前はETUを応援してたけど、京都戦のときは勿論、ゴトーの応援。
タツミがゴトーの裏ばっか取ったりしてて、それで名前はタツミに手紙を書いたりした。抗議文。ゴトーの裏ばっか取るのは性格が悪いと思います、みたいな。今思うと笑えるようなことを、真剣に書いていた。
ゴトーにも手紙を書いた。年に一回、年末に、メリークリスマス、アンド、ハッピーニューイヤー、来年もがんばってね、みたいなこと。年に一回って決めとかないと、毎日でも書いてしまいそうで。お母さんに言われて、そうしてた。

小学校高学年になると、普通に、普通の初恋みたいなのもあるわけで。ゴトーへの手紙は、毎年出してたけど。ゴトーは憧れのおにいちゃん、みたいな感じだったから、そういう初恋とは別の次元だったのかもしれない。

それで名前が中学生になって、学校の行事で京都に行くことになって。自由行動なんてなかったけど、抜け出してゴトーに会いに行った。京都に行くことになって、お泊りの準備をしてるときに不意に思い立ったのだ。当日、先生に見つからないようにこっそり抜け出して。結局ばれてすっごい怒られたんだけど。
練習場に行って、すこしすると練習が終わって。今思うとものすごくラッキーだ。何も考えてなかったけど、オフで会えなかったかもしれなかったわけだし。
ゴトーは名前のこと、忘れてなかった。覚えててくれた。びっくりした顔で、その後、名前の大好きなあの顔で、やさしく笑った。

それからすぐに、ゴトーは引退した。名前はそれまで、手紙っていっても、クラブ宛に出してたから、今度こそ本当に、初恋よサヨウナラ。
それで、当たり前だけど、忘れていった。でもたまに思い出すとやっぱり、懐かしくてうれしくて、名前はいろんなこと思い出す。やさしい初恋の、やさしい子供時代。



ついこの間、そんなふうに友達と初恋の話なんかして、それで、思い出していたから。
ビルから出てきたスーツ姿の男性が、だからすぐにゴトーだって、名前には分かった。わかって、往来の真ん中で、挙動不審になる。
仕事だろうか、何人かを相手に挨拶をして頭を下げて、なんと!こちらにむかって来るではないか。どうしようどうしよう、声かけていいのかな。でも、もうきっと覚えてない。誰?、なんて言われたら、ショックだし。
人通りの少なくない広い歩道の、端っこ、隠れるみたいに街路樹に身を寄せて、悶々と考えているうちに、すぐそこまでゴトーが来ている。ぎゃあ、どうしよう!
隠れているつもりの名前、でも挙動不審だから全然、隠れられてないんだけど。
だから後藤は何だろう、て思って目をやって、それで、思い出した。

「名前ちゃん…だよね」

名前はゴトーに会えたのと、ゴトーが自分を覚えてたのとでびっくりしてわけがわからなくて、こくこくと頷くしかできなかったのだけど。


それで何でか知らないけど、いや、ゴトーにちょっと仕事の息抜きに付き合って、みたいなこと言われて連れてこられたわけなんだけど(だって後藤からしたら、そのまま立ち去るには挙動不審な名前の様子が心配だったから)、名前はゴトーと向かい合って、コーヒーなんて啜っている。いや、啜っているのはゴトーだけで、名前はどうしたらいいか分からなくて、そわそわしてる。

「ほんと、久しぶりだね」

最後に会ったのは名前ちゃんが中学生のときだもんなあ。昔は俺の膝くらいしかなかったのにさ。大きくなったね。

「わたしは、ゴトー、ご、後藤さんが、」
「はは、いいよ、ゴトーで」

ゴトーが、名前の中のゴトーのまんまだから、名前はなんだかほっとする。安心する。昔みたいに。

「ゴトーがタツミ連れて帰ったりとか、ゴトーがETUでがんばってるの、知ってたよ!」

そんなことを言うもんだから、後藤はちょっとびっくりしてすぐに言葉が出てこないんだけど。

「ゴトーはタツミのこと好きだよね昔から、わたしはタツミってすごいむかつくやつだと思うしだいっきらいだけど!でもタツミが帰ってきて、ETUのサッカー観るの、ちっちゃいころみたいに、また何か、すごく楽しい!」
「そっか、」
「うん!こないだとか、不破監督コテンパンにやっつけたし、わたし不破監督変な髪形だし嫌いだったからせいせいした!」
「はは、うん、」

名前は、子供みたいに、ゴトーがいるだけでうれしいって、昔みたいに思っている。それで、自分ばっかり浮かれて好きなことを喋っていて、本当に昔みたい、子供のまんまの名前だと思ってふいに恥ずかしくなる。
でも、ゴトーが、昔と同じで、笑って名前を見ている。

「…ゴトー、わたしのことなんて忘れてると思ってた」
「忘れないよ」

だってあんなに毎日ゴトーゴトーっていって駆け寄ってきてたんだから。でも、

「でも、名前ちゃん、すっかり大人になったし、きれいになったからなあ。一瞬わかんなかった」

ゴトーがやっぱり、笑ってる。名前の好きな、名前の知っている顔。
でもでも、何これ。こんなゴトーは知らない!

「ん、何、どうしたの?」
「…、ゴトーが!なんか!食えないかんじの大人になってる!」


思わず叫んだ。だって、どきどきしている。ちびっこの名前では絶対、ありえないくらいに。

大人になったのは誰だろう。





101125

ハタチくらいの女の子とゴトーの話。最後の台詞を言いたかっただけの話。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -