無題とRe 夕方、買い物から帰って来たところで、メールが来た。 『夕陽がすごくきれいです!練習お疲れ様です!』 添付された画像を見て、ふと窓に近付く。外を見ると、ちょっと感動するくらい、きれいな茜空が広がっている。この空をきっと今まさに、名前も見ているんだろうと思うと、少しだけ口元がほころぶのを自覚した。 飲み会の最中、洗面所から戻ると、どういう経緯か知らないが世良が丹波に何事かを相談していた。 「中々予定合わないから最近全然会えてないし、今マジで忙しいらしくてメールしてもあんまり返信来ないし、だから俺も電話とかメールもしづらくて、でも俺と予定合わなくても、なんか、合コン…はないかもだけど飲み会?とか行ってなんかいい感じになっちゃったりとかあるかもしれないじゃないっすか!いやあの別に彼女のこと疑っているわけじゃないんすけど、うー!不安なんすよ!でもそういうのかっこ悪くて言えないっす!」 堺は何だか背筋がひやっとした。 別に、不安とかじゃないけど。ただ、世良の言った状況が、堺と名前に少し、当てはまるような気がして。 二人の予定が合う日がなくて、それで、しばらく会えなかったっていうのも、ある。 それから、あの夕陽のメール以来、名前からメールが来ていないっていうのも、ある。 名前は現代の若者らしく、メールをする。 文面も現代の若者らしく、賑々しく色とりどりに動く、所謂デコメであったが、正直堺には小さすぎてよくわからないし、勝手に画像が保存されていることに気付いてぎょっとしてやめさせた。 「いいじゃないですか、別に。ちょっとは若者の文化に親しむべきですよ、おじさん」 と口を尖らせて文句を言われたから、グーで殴っておいた。 それで、賑々しい文面ではなくなったが、やはり現代の若者らしく、名前は一日一通は必ずメールをよこした。内容は他愛ないことばかりだ。 『お隣さんから梨を貰いました!美味です!』とか『プレゼン上手くいきました!』とか『新しい傘買いました!』とかいった、なんというか、ああそう、という感じの内容。 その名前からのメールが来なくて、堺はちょっと不安になっていた。不安?何の不安だよ、あほか。と思うが、一般には堺の感じるそれを不安と呼ぶ。 予定を合わせて約束していた日になって、名前は堺の自宅にやってきてごろごろしている。別に疲れた様子でもないから、仕事が忙しかったというわけでもないようだ。 ……。 疑ってもないし不安に思ってもないけど、と堺は心の中で念を押してから、でも何か気になるから一応、聞いてみることにする。 「おまえ、なんで最近メールしないんだよ」 きょとんとした顔をされて、堺は少し気が抜ける。やっぱり、これといって深い意味とか、まして後ろめたいことなんか一つもないんだろう。 「え、だって、堺さん、返事くれないじゃないですか」 まあ、確かにそうだった。でもだって、名前のメールは「ああそう、」と心の中で返事をすればすむような内容なのだ。 それを言うと名前は口を尖らせた。 「だって、堺さん、私が会話つなげるようなメールしても、返してこないじゃないですか」 「そうか?」 「そうですよ!そうだったんです」 それに、と名前は続ける。 「それに、うっとうしかったりしたら、嫌だし」 「いや、それはない」 即答した堺に、ちょっとびっくりした顔をするけど、すぐにまた口を尖らせて言う。 「えー、じゃあ、メール返してくださいよ」 確かにそうだ。一方通行のメールなんて、送る側からしてみたらつまらないだろう。 「俺、メール苦手なんだよ」 「じゃあやっぱ送らないほうがよくないですか」 「そうじゃなくて。メール打つのが。だからおまえはメールしたかったらすればいいじゃねーか」 別にメールくれと言っているわけではない。と堺は思う。会ったときに話せばいいだけだし。別にメールしないならしないでいいと思う。 …ん、そう思っているよな、俺。 堺はちょっと“らしくない”自分を垣間見そうになって内心慌てる。と、名前は尖らせた口を一気に緩めた。 「もう!おじさんですね!」 「は、」 「メール打てないとか、もー!おじさん!」 ケタケタと笑っておじさん呼ばわりされるものだから眉間にしわがよる。 「打てなくねーよ!」 「はいはい、いいですよ、じゃあ、三回に一回くらい、空メールでいいから返信してくださいよ。空メールで許してあげますよ、おじさん」 「おじさんじゃねーよ!」 それから堺は名前からのメールを読んだら空メールで返すようになった。「へえ」とか「ああそう」とか「よかったな」とか、そういう相槌のつもりで。 ある日、「見て見て、堺さん」と名前がケータイを見せてきた。 「堺さんからのメール、」 名前がボタンを押していくと、日付だけ変わっていく画面。たまに、会う約束の確認とか、ちょっとしたやりとり、三行にも満たない文字が現れるが、殆どが空白だ。 「ふふっ、空メばっか」 ちょっとこれってどうなんだ、自分でしていることだけど。と堺は思うが、名前は嬉しそうにしている。不可解なやつだ。 「え、だって、堺さんがメール見て、へぇとかほぉとか、返事くれたっていうのが、うれしいです」 「…そうかよ」 こんなことで喜ぶんなら、もっと前からそうしていればよかったと思った。 あの夕陽も、「今見てる」って、言えたらよかった。 練習が終わって駐車場に向うと、何人かが突っ立っていた。 「何やってんだおまえら」 「あ、お疲れ様っス」 「堺ー!虹!虹!」 日本語を喋れおまえは子供か、と丹波に注意しながら、指差す方向を見上げると、空に虹がかかっていた。携帯を取り出してカメラを向けている。 名前はいつもこんなことをしているんだな、と堺はぼんやりと思う。 ふと、堺も携帯を取り出して、受信履歴一番上のアドレスを呼び出して、パシャリ、と撮ってみた。本文は白紙まま、送信。 視線を感じて横を向くと、世良がこちらを凝視していた。丹波はその横でにやにやしながら携帯のカメラを堺に向けていた。 「んーだよ」 「いや、あの、堺さん、キャラ違うっス!」 「俺はそんな堺の激写に成功!」 「うっせーな」 やいやい騒いでいるなかで、メールを受信する。開いて、口元がほころぶのを自覚する。 『堺さん大好き!』 見上げた空と同じ、虹が画面に広がっている。 101117 ヨシノリをおじさん呼ばわりして、空メで返信するヨシノリと虹を写メするヨシノリとメールもいいなと思うヨシノリを書きたかっただけの話。 |