05


冬が終わって春が来た。そんで、気付いたら卒業していた。

「赤崎くんは、サッカーだねえ」
「おー。苗字は、」
「志望校受かったよ!四月から大学生」
「そうかよ」
「うん!お互いがんばろうねえ」

卒業式のあとにたまたま廊下で会って、そんな会話をしたきりだった。


同じ街に住んでるのに、全然、不思議なくらい、会うことなんてなかった。
名前のことなんかすっかり忘れていた。



成人式で再会した。振袖姿で綺麗に化粧をしている名前を見て、こんな名前は見たことないはずなのに、なんか見たことあるなあと思った。

「ああ、七五三」

思ったまま口にしたら、「もう!」と睨まれた。化粧が濃いから迫力がある。
七五三のとき、名前は口紅を塗りたがって、塗ってもらって浮かれたのはいいけど自分で擦ってよれてしまって、それがあんまりに酷かったから、ごしごし擦って取ってやったのを思い出した。名前は自分ではその酷い有様に気付いてないから、俺がごしごし顔を擦るのを、俺が意地悪をしたとか思っているんだろうけど。

「赤崎くんは、ちっちゃい頃から、意地悪ばっかり」

ああ、ほら。やっぱり。
唇を尖らせてふてくされた顔は子供のまんまで、でももうこいつは、口紅を擦ってしまったりはしないんだろうな、と思った。



それからも、同じ街に住んでるのに、全然、会うことなんてなかったから。
名前のことなんかやっぱり、忘れていた。


それでも、本当に偶然に、大学の友達かなんかとの飲み会から出てきたであろう姿を道で見かけて、俺は一瞬でそれが名前だってわかった。
おいおい、近すぎだろうよ、それ。相手の男明らかにおまえに下心あるだろーがよ、そんなに無防備に笑ってんじゃねえよ。何で全然成長してねーんだよ。子供か!
とか思ったらその笑みは俺を見つけてますます子供みたいに嬉しそうに崩れて、だから気付いたら歩み寄って名前の頭をはたいていた。

「いたいよ!…えへへ」

酔っ払いのふにゃふにゃ顔が、呑気に「久しぶりだねえ」なんて言うから。気付いたら名前の手を引っ張って歩いていた。
突然の再会でしかもかなり奇怪な行動を取った俺だが、酔っている名前は(酔ってなくても同じだっただろうが)呑気に「ねえ赤崎くん。こうやって歩くの、懐かしいねえ」なんて言う。
懐かしい、て。まあ、そうだけど。
手をつないで、俺はゆっくり歩くけど名前は俺より小さい歩幅でてけてけと着いて来て、名前は自分の話をして、俺に色んなことを聞いてきて、酔って心許無い呂律で、全部全部、子供みたいだ。まるっきり、子供なんだけど。だけどもう、子供じゃない、ような。懐かしいだけじゃない、ような。

「おまえ付き合ってるやつとかいんの」
「んん。まあ、いたりいなかったり、色々ですよ」
「いねーんだな」
「もう!そうだけどさあ!」

頬を膨らませてみたり、へらへら笑ってみたり、……。いや、やっぱりこいつ、子供だ。


電車に乗って、くだらない話を続けて、ぶらぶら歩いて名前を家まで送った。門の前で、名前は振り向いて俺の両手を取って、それからその手をぶんぶん振る。

「またこうやって、忘れた頃に会えたら、なんかいいよねえ」

名前は満足気に言う。忘れた頃に、て。ちょっと待て。あほか。おまえはそれでいいかも知れないけど。忘れた頃にこうやって、不意打ちで、現れられる俺の身にもなってくれ。ああもう、こいつはほんとうにあほだ。
むかついたので両手を名前の手から引き抜いて、そんでその両手でほっぺをつまんで思いっきり伸ばしてやった。

「いひゃい!」
「あほか、おまえ。携帯出せ」


それで、忘れた頃に偶然に襲来する名前、ていうのは、それからなくなった。
一緒に飯食いに行ったりとか休日にぶらぶらしたりとか俺の実家でごろごろしたりだとかするようになった。



で。

あーあ。
こういう展開になるのは、本当に不本意なんだ。

「だから、好きっつってんだろ」
「え、そうなの?」

いや、好きとか言ってないけど、今はじめて言ったけど。そういう細かいところ、というか重要なところに気付かないで、名前はただただ驚いて。こいつ心底バカでホント腹立つ、と思うけど、そういうとこをかわいいと思っていることを、もう認めざるを得ないわけで。不本意だ。
あーほんと、むかつく。しかも子供のころから多分ずっとそうだったことがむかつく。最悪だ。好きだバカ。



それで、まあ、不本意なような、本懐のような、そんなことに向かって転がっていくわけだ。大人ってやつは。

つまり、なんつーかまあ。子供のときいつも引っ張った手と同じで、こいつは全身があったかいなあとか思って、懐かしさに浸るようでいてこんなことができる大人って素晴らしい、大人になってよかった、大人最高、めくるめく大人の世界へようこそ、な展開を迎えているわけで。

久しぶりに「名前、」って名前で呼んだら、昔っから飽きるほど見てきた筈の“泣き虫の名前”の、見たことのない涙目が、

「赤崎くん、」

そうやって俺を呼ぶわけで。

……。
昔みたいにちょっと舌足らずでいい、「りょうくん」て呼べよ、とか。

思って微妙な顔をした俺に気付いて、名前はにやりと笑った。うわ、マジかよ。なんだこいつ、ちょっと小賢しくなってる。生意気。

最悪だ。同じことを思い出してる。

「もう子供じゃないんだから、この呼び方でいいんだよう、」

もう大人だも〜ん、と言って名前はケタケタ笑った。



あの。今更名前で呼んでなんて、言えないんですけど、どうしたらいいですか。

あーもう、絶対泣かす。





101205

おしまい。名前のくだりが書きたかっただけの話。いろいろなエピソードが浮んだために名前のくだりの始点(02参照)がすっかり埋もれてしまったという凡ミス。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -