▼主人公は星三輪様のサイトの長編「失せものたちへの子守唄」の主人公・故池さんです。
▼夢主同士の交流があります。




それは、ある日の昼下がりのこと。

「それじゃあなまえ、この書類を肋角さんに届けてくれるかな?」
「承りました」
佐疫さんから書類の束を渡され、私は足早に執務室へ向かった。

ここ特務室へ仮配属されてからというもの、殆どが書類整理や雑務で未だに任務には出ていない。
おそらく、まだその時期ではないのだろうが、期間が限られている身としては一刻も早く成果を上げたいという気持ちも決して小さくはない。

そんなもやもやした気持ちを振り払い、私は執務室の扉を叩いた。

「肋角殿、なまえであります。書類をお持ちしました」
「そうか、入れ」

私が言い終わるとすぐに、肋角さんの声が中から聞こえた。
「失礼致します」と言いながら扉を開けると、彼の前に誰かがいるのが目に入った。

背は私よりも少し低めで、雪のように真っ白な髪を横に垂らした人だった。
皆と同じ制服を着用していることから、この方も獄卒なのだろう。

「ご来客中でありましたか。失礼いたしました」
「いや、客じゃない。彼女は遺駒。ここで働いている獄卒の一人だ」

肋角さんがそう言うと、遺駒さんという人はゆっくりとこちらを振り返った。
銀鼠色の瞳に髪と同じく真っ白な肌をした、整った顔立ちの女性だった。
特務室に女性の獄卒がいることに驚きつつ、私は彼女を思わず見つめなおしてしまった。

「先程話していた候補生のなまえだ。急所ここに仮配属が決まって日も浅い。短い間だが、仲よくしてくれ」
肋角さんが言うと、遺駒さんは私に向かって柔らかく微笑んだ。

「はじめまして、なまえさん。私は遺駒と申します。よろしくおねがいしますね」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いいたします!」

緊張で声が裏返りながらも、私はあいさつをし頭を下げた。

「遺駒。皆に挨拶をしてくるといい。皆、お前が戻るのを心待ちにしていたぞ」
「そうしますね。では、肋角さん、なまえさん。失礼します」

遺駒さんはそう言って頭を下げると、執務室から出て行った。

「肋角殿、あの方は・・・」
「お前には話していなかったな。遺駒はついさっきまで八寒地獄に出張に行かせていた。ちょうどお前の配属日と出張日が重なってしまい、きちんとした紹介ができなかった」
すまなかったな、と言って、肋角さんは苦笑して言った。

「あ、いえ。大丈夫であります。それよりも・・・」と、口ごもりながら私は続けた。
「ここ特務室には女性の方がいらっしゃらないと聞いていたので、少し驚いただけであります」
「そうか。確かにここでは珍しいかもしれんな」

そう言って肋角さんは意味深な笑みを浮かべた。

「それより、俺に用事があったのではないのか?」
「あ。はい。この書類を――」

肋角さんへ無事に書類を届け終わった私は、次にやることを探していた。
広報の井脳さんに聞いてみても、今日は私ができるような仕事はないと断られてしまった。(腸辺さんの所には、流石に行けなかった)
仕方がないので誰かを捜して屋敷の中を歩いていると、鍛錬場から金属同士がぶつかるような音が聞こえてきた。

そっと覗くと、そこには互いに鎬を削り合っている斬島さんと遺駒さんの姿があった。
遺駒さんの武器は大鎌で、小柄な体系を生かした素早い動きで彼と渡り合っていた。

(す・・・凄い・・・!)
私はそんな彼女を見て息を呑んだ。女性とはいえ流石は特務室の獄卒だけのことはある。
その分数々の修羅場をくぐってきたのだろう。私はそう思った。

「ん?」
その時。突如動きを止めた遺駒さんがこちらを見た。私は驚き、頓狂な声を上げてしまった。

「あら、あなたは」
「なまえ。いたのか」

遺駒さんが言う前に、斬島さんが口を開く。私は申し訳ない気持ちで二人の前にそっと歩み出た。

「申し訳ございません、お邪魔をしてしまって」
「いや、問題ない。そろそろ遺駒も疲れてくる頃間だから、ちょうどよかった」
「あら。私はまだまだ大丈夫ですよ、斬島さん」
遺駒さんはそう言うと、私の方に顔を向けた。

「こんにちは、なまえさん。また会いましたね」
遺駒さんの言葉に、斬島さんは意外そうに目を丸くした。

「なまえを知っているのか、遺駒」
「はい。先程、肋角さんの元に伺った時に少し」
そう言って彼女はゆったりとほほ笑んだ。

「あ、あの。お二人の手合せ、とても素晴らしかったであります」
私が今の気持ちを口にすると、遺駒さんは首を静かに横に振った。

「いいえ、私などみんなと比べたらまだまだ拙いですよ。特に谷裂さんにはいつも叱られてばかりです」
「そうでありますか?いえ、それでも凄いと思います。斬島さんと切り結べるなんて、自分にはとても無理ですから」
そう言って私は、自然と下を向いてしまった。候補生と獄卒を比べるだなんて身の程知らずも甚だしくなってしまったからだ。

すると、今まで黙っていた斬島さんが口を開いた。

「なまえ。遺駒と手合せをしてはどうだ?」
私はその言葉の意味を一瞬理解できなかったが、理解した瞬間。

「ええーーーっ!!??」

思わず声を上げてしまった。

「何故そんなに驚く?」斬島さんは怪訝そうな顔で私を見つめた。
「訓練生の時に鍛錬は行っていたのだろう?」
「そ、それはもちろんであります。で、でも!いきなりそんなことを言われても・・・」

困る。それは正直な感想だ。
確かに彼の言うとおり、訓練生のころには亡者の捕縛や護身訓練などの戦う術を一通りは学んでいる。
しかし、まだ本格的な実戦訓練は行ったことは一度もなかった。それだけでも不安要素なのに、ましてや経験豊富な獄卒との手合わせなど。

「ひょっとして、まだ実戦訓練は行ったことはないのですか?」
私の考えが顔に出ていたのか、遺駒さんはそう言った。私が思わずうなずくと、彼女は「そうでしたか・・・」と呟き考えるようなしぐさをした。

「だったら猶更じゃないか?」と、斬島さんが口を挟んだ。
「いざという時に戦う力がなければ意味がない。それに、相手の戦い方や実力などを身をもって知ることも重要だと俺は思うが」
「斬島殿・・・」
彼の言葉を噛みしめながら、私は遺駒さんの顔を見た。彼女は真剣なまなざしで私を見つめている。

――腹をくくるしかなさそうだ。


「承知いたしました」私は覚悟を決めて遺駒さんの前に立つ。彼女も決心したように鎌を持ち直すと私と向かい合った。
「斬島さん。もしもの時は、よろしくお願いしますね」彼女の言葉に、斬島さんは頷いた。

「なまえさん、武器を構えてください」遺駒さんに促され、私はそっと自分の武器を出す。
訓練生時代から私と共に戦ってきてくれた相棒【キキョ】だ。
それを見た遺駒さんと斬島さんの表情が少し変わった。

「・・・それは扇子か?」言葉を漏らしたのは斬島さんだった。
表と裏が白黒の一見普通の扇子だが、無論唯の扇子ではない。
「成程、鉄扇ですか」それを見抜いた遺駒さんは感心したように言った。

私は彼女に向かってキキョを構え、息を整える。彼女もまた大鎌を構えて私を待ち受けた。

なまえが取り出した武器を見て遺駒は僅かに目を細めた。
鉄扇。本来は護身用の武器であるため、常に前線で戦うことが多い特務室所属の者が持つ武器としては聊か不釣り合いだ。

二人が互いに武器を構えてからの、しばしの沈黙。

先に動いたのは意外にもなまえの方であった。鉄扇キキョを構え、遺駒へ向かって走り出す。
遺駒は一瞬目を見開くが、すぐさま大鎌を持ち直しなまえに向かって振りぬく。が、その刃は空を切り手ごたえがない。
遺駒が振りぬいた鎌の上に、閉じたままの鉄扇を構えたなまえの姿があった。。

その刹那、なまえの鉄扇から銀色の刃が飛び出した。

(仕込み・・・!)遺駒はとっさに身体をひねり、なまえの一撃を回避する。
だが、それは彼女の頬に一本の赤い筋をつけるに至った。

死角からの一撃をかわされたなまえは、すぐさま体勢を立て直すとそのまま再び彼女へ向かった。

(速いな・・・)様子を見ていた斬島は、なまえの俊敏さに少し驚いていた。
遺駒も武器に似合わず俊敏な方だが、なまえの速さはそれを上回る程のものだ。だが、やはり候補生と正規の獄卒では場数が違う。

数秒後には、そこには肩で息をするなまえと、対照的に殆ど息を乱していない遺駒の姿があった。

(やっぱり、強い・・・!)なまえは唇を噛みしめ前を見据える。既に幾つかの斬撃を受け、腕や足からは血がにじんでいる。

―痛い
―苦しい
―体が重い。

――だけど、負けたくない!

汗だくでふら付きながらも、なまえは鉄扇を構える。すでにその重さに腕が震えていたが、それでもかまわず構え続ける。
その決意に満ちた表情に遺駒は口元に僅かに笑みを浮かべると、その覚悟に敬意を示すように大鎌を持ち直す。

(おそらく、なまえはあと一撃が限界だろう)疲労困憊の姿を見て、斬島はそう思った。しかし、彼もまた諦めていないなまえの姿に何かを感じ見据え続けた。

そして、二人がにらみ合ってから、暫しのこと。

今度は二人が同時に動いた。
そして、ひときわ大きな金属音が響いたと思うと―――




二つの武器は宙に舞い、床に吸いつくように落ちて行った。

武器が落ちる凄まじい音に、私はハッと我に返る。キキョを持っていた手が痺れて感覚が鈍い。
遺駒さんは自分の両手を見ていたが、私を見て困ったように微笑んだ。

「どうやら、結果は引き分けのようですね」
「そ、そんな!明らかに遺駒殿の方が勝っていたではありませんか!」彼女の言葉に納得できない私は思わず叫んだ。
「いや、遺駒の言うとおりだ」その後を引き継いだのは、斬島さんの言葉だった。
「互いの武器が手を離れ落ちたのは全く同時だった。引き分けという以外ないだろう」
彼はそういうものの、私はあまり納得できなかった。しかし結果は結果だ。納得せざるを得ない。

「遺駒殿。お忙しい中お手合わせいただき、誠にありがとうございました!」
「こちらこそありがとうございました。お部屋に戻ってゆっくり休んでくださいね」
彼女の優しい言葉を受け、私はおとなしく部屋に戻ることにした。

その夜。
夕食を終え部屋に戻ろうとしたところを、遺駒さんに呼び止められた。少し話したいとのことだった。
私は二つ返事で答えると、彼女と共に屋敷のバルコニーへとやってきた。
今日は雲一つない快晴で、あの世の空にたくさんの星が見えた。

「あの、遺駒殿。自分に話しとは何でありますか?」私が少し不安げに聞くと、遺駒さんは優しく微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。ただ、あなたに聞きたいことがあるだけですよ」

「なまえさん。あなたは何故獄卒になりたいのですか?」


「え・・・」
遺駒さんの思わぬ言葉に、私は言葉を失う。
獄卒になる。それは私の全ての目標であり、ここへ来た意味そのものだ。だが、まさかその理由を尋ねられるとは思ってもみなかった。

「実験的な制度とはいえ、候補生が特務室へ配属されるとは前代未聞の事。本来ならあり得ない事なのです」
私は呆然と彼女の銀鼠色の瞳を見つめた。この人は、遺駒さんは何をどこまで見ているのだろうか。
「私の憶測ですが、あなたからはほかの獄卒とは違う意志のようなものを感じます。輪廻にすら抗う強い意志を。だから知りたいのです。あなたがそうまでして獄卒を目指す理由を」

彼女の視線はまっすぐに私を射抜き、そして答えを待っていた。私自身の、本当の答えを。
その意思に敬意を表するように、私は口を開いた。

「大切な何かを思い出すためです」
「自分には生前の記憶がほとんどありません。気が付けば仮初の名と共に、獄卒訓練生として存在していました。」
「ですが、ただ一つ。たった一つだけ覚えていること。それは『何かを忘れている』ということだけでありました」
「それが、獄卒となって思い出せると、そう考えているのですか?」と言う遺駒さんに、私は首を横に振った。

「わかりません。自分でも曖昧で理不尽であることは承知しております。しかし、それでも自分がこうしてここに、特務室にいるという事が意味を持たないとは思えないのです。うまく、言えないのですが」
最後に付け加えた言葉は、私の中の本音の一部。そんな私を見て遺駒さんは小さく息を吐く。
「それがあなたの、今のあなたの答えですか」
「・・・・はい」
私がはっきりと答えると、彼女は口元に笑みを浮かべた。

「安心しました。あなたはあなたという存在をきちんと繋ぎとめられている。それができる者は意外と多くないんですよ。そうだ」
遺駒さんはそう言って制服のポケットから何かを取り出し、私の手の上に置いた。それは真っ白に輝く小さな宝石のようなものだった。
「以前、出張先で頂いた不砕石という珍しい石です。並大抵のことでは砕けないため、不屈の象徴と言われているので、お守りとして名高いそうのですよ」
「そ、そんな!このようなものを頂いたら・・・!」
私は驚いて返そうとしたが、彼女は黙って私の手を握らせた。

「これは私のほんの気持ちです。どうか受け取ってください」彼女の声は真剣そのもので、私は断りきれずに頷いてしまった。
それを見ると、遺駒さんは本当にうれしそうに笑った。

「あなたのような方がいて本当に良かった。もしあなたが獄卒になることができたら。その時はまたどこかでお会いしましょう」
心なしか、遺駒さんの声が段々と遠ざかっていくような気がする。

あなたの未来に、幸があらんことを――

その言葉を最後に、眠気が急に襲ってきて、私の意識は次第に遠のいて行った――

目を開けると、そこは見慣れた天井。身体を起こして周りを見ると、自分の部屋であることがわかる。
(あれ?私いつの間に部屋に戻ったんだろう)

確か昨夜は遺駒さんと話していて、そこからの記憶が曖昧になっている。
ひょっとしたら私はあの後眠ってしまったのだろうか。そうだったらいくらなんでも失礼極まりない。
私は急いで身支度を整え、部屋から飛び出した。

「おはよう、なまえ」
部屋を出た瞬間、斬島さんとばったり会った。私はあいさつもそこそこに探すべき相手の名を尋ねた。
「斬島殿。遺駒殿はどこでありますか?昨夜のことを謝りたくて」
だが、斬島さんの口から出てきた言葉は思いもよらぬものだった。

「待て、いったい誰のことを言っているんだ?」
「誰って、遺駒殿でありますよ?女性獄卒の――」
「特務室には女の獄卒はいないぞ?何を言っているんだ?」
怪訝な顔で逆に訪ねてくる彼に、私は戦慄を覚えた。そんなはずはない。だって確かに、昨日彼女と話をした。
しかし、斬島さんが嘘を吐くとは思えない。私は頭が混乱した。

「寝ぼけているのか?」斬島さんの声に私は反論しようと口を開いたが、そっと閉じた。
何故かそうすべきだという気がしたからだ。

「そう、かもしれないであります。大変失礼いたしました」
私が深々と頭を下げて謝ると、斬島さんは不思議そうな顔をしたものの特に気にはしていないようだった。
その代わり「気をつけろ」と一言だけ言うと私に背を向けて歩き出す。

あれは私の見た夢だったのだろうか。だが、それでも彼女が、遺駒さんが私に下さった言葉は紛れもなく私の決意を固めさせてくれた。
忘れてしまった大切な事を思い出す。その為に私はここにいる。

私は頬を数回叩いて気合を入れると、斬島さんの後を追った。




この時私は気づいていなかった。

制服のポケットに、不砕石が入っていたことに――





邂逅




▼「脳内環境メンテナンス」の星三輪様より、長編夢主人公同士の交流のお話を賜りました!
我がサイトの眩まし長編一話のネタも織り込まれていた時は、密かににやりとしてしまったのはここだけの話。星三輪様宅の夢主である故池さん視点で書かれる不思議な邂逅のお話。館に女性獄卒は居ない、と彼女が思っていたのも伏線だったのだなあ…と今更ながら。夢うつつの出会いではありましたが、楽しく、かつドキドキしながら読んでいました。
素敵な作品をありがとうございました!