「臨也さん、お話があります。」


「ごめん。今忙しいからあとで。」



そういった臨也さんの顔はこっちをちらりとも振り返らずにパソコン画面を見つめたまま。キーボードで何かを打ち続けたまま。1週間前からずっとこんな調子で私の話を聞こうとしてくれない。臨也さんは怒っている。1週間前に私が静雄さんと会ってお茶しているのを目撃してから、ずっと。



「話を聞いてくれないなら、この家から出してください。」


「それはもっとダメだね。」



そして1週間前私が静雄さんとお茶をしているのを臨也さんに目撃されて、この家に連れ込まれてからずっと、私はこの臨也さんの自宅兼仕事場から1歩も外にだしてもらっていない。家の中では自由にしているし、ご飯やお風呂にも入れるし苦労することはないのだけど、言ってしまえばこれは軟禁状態。さすがに私もそろそろ外にでて太陽の光を浴びたい。



「臨也さん。」



「…。」



臨也さんは私の恋人である。臨也さんは人間を愛しているらしいけど、なぜか私に恋人にならない?と雰囲気やロマンのかけらもない告白をしてきた謎の池袋の自称素敵で無敵な情報屋さんだ。私はというとただの一般人。どこにでもいるようなOLで、どこにでもいそうなただの人間だ。だから、きっと臨也さんはきっと気まぐれで私を恋人に選んだだけで、他の人でも良かったんだと思う。その人が人間であればそれでいいのだから。だけど、私は臨也さんという一人の人間じゃなきゃ駄目だった。臨也さんが私だけ愛してくれることは絶対にないけど、私はそんな臨也さんを好きになってしまったのだから仕方がない。それが少しだけ悲しくて、たまに泣いてしまうこともあるけど。
沈黙を続ける臨也さんを見ていると無性に泣きたい気持ちになる。私が謝ろうとしても話を聞いてくれない。軟禁された日からずっとこんな調子だった。嫌われちゃったのかな。もう捨てられちゃうのかもしれない。考えたくないことばかり考えてしまう。いっそのことこのまま監禁されたままのほうがいいのかもしれない。話を聞いてもらえないことよりも監禁よりも、嫌われてしまう方がずっと怖い。



「…君は、さ。」


「…は、い?」


「どうして俺なんかを好きになっちゃったんだろうねぇ?」


「…え。」



くるり、と臨也さんの座っている椅子がまわる。久しぶりに見た臨也さんの表情は辛そうで見ている私が泣きそうだった。迷子になってしまった子どもが、一緒に手をつないでくれる人を探しているような、そんな顔。いつの間にか私は臨也さんの両手をぎゅっと握りしめていた。



「俺は人間が好きだよ。」

「君は特別な人間じゃない。君みたいな人間はごまんといる。」

「俺が愛する人間は俺を嫌って憎んで、一緒にいてくれるやつなんていなかった。」

「だけど、君だけは俺にくっついて離れようとしなくて、」

「嬉しいのと同時に、一人の人間を愛してしまいそうで怖かった。」

「シズちゃんと仲良く話しているのを見た時、気がついたら君の腕を掴んでた。」

「その時気付いた、俺は君のことが…」

「君がいなければ、ずっと俺は俺のままでいられらんだよ…ねぇ、どうして」

「俺のことを愛してしまったの?」



ぽたぽたと零れた涙が臨也さんと私の手の上に落ちる。拭おうと握っていた手を離そうとすると、今度は逆に臨也さんにぎゅっと手を握られた。止まらない涙は私たちの手を雨のように濡らしていく。けれど、握りしめた手から熱を奪われることはなかった。



「…い、ざやさん。」

「ごめんなさいっ…。臨也さんごめんなさいっ…。」

「私は人間を愛している臨也さんを好きになったのに、…だけど、私だけを愛してくれないのが本当は寂しかったんです。」

「だから今臨也さんの言葉を聞いて、嬉しかったんです…!」

「私といると臨也さんは前の臨也さんじゃなくなるのかもしれないけど…私は臨也さんが好きです。」

「無視されても監禁されても…それでも好きなの…っ」

「一人の人間を愛してしまった臨也さんのことが…好きです。」



臨也さんが優しいこと知ってるから。本当は少し弱いところもあるって知ってるから。一緒にいると貴方の色々なところを知りました。そして私は貴方を愛してしまいました。どうして?と臨也さんは問うたけど、理由なんかないんです。気付いたら、好きになっていたんですから。
涙で濡れた頬が臨也さんの両掌に包まれ、目じりをそっと拭われた。



「ごめんね、君が好きだよ。」


「………」


「俺の傍にこれからもいてくれる?」


「……嬉しくて死んじゃいそう。」


「君が死ぬ時は、俺も堕ちるさ。」


「臨也さ……ん。」



塞がれた唇は冷たくて、まるでお互いの酸素を共有するようなキスに自然と涙がでた。







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