甘い甘い匂いのする女子になった気分だ。

この前名前さんにもらった手作りプリン美味かったです、とバイト中に伝えると「簡単だしバイト終わったら一緒に作ってみよっか。」と誘われた。特に用事もなかったし流されるまま名前さんと一緒に厨房へ。そして俺は今卵を溶いている。料理ならまだしも、お菓子作りなんて小学校の調理実習以来だ。


「静雄くん、次これ入れて混ぜて。」


「あ、はい。」


名前さんがつけているエプロンは花柄で、すごく名前さんらしいと思った。ちなみに俺のエプロンは緑のチェック柄で、店長の物を貸してくれたらしい。名前さんは手慣れた手付きで砂糖の量をはかったり、オーブンの温度を設定したりしている。テキパキと動いているけど、どこか危なっかしくてつい目が追ってしまう。年上だし、しっかりしている人だとは思うけど。どこか、変わっている。


「ん?どうかした?」


「…なんもないっす。」


「そう?あとはカップに注いでオーブンに入れれば完成!だよ。」


可愛らしい小さなプリンカップを、1つずつ名前さんが並べた。それをこぼさないようにして、言われたくらいの量を注いでいく。少し黄みを帯びた色の液。これを飲んだらプリンの味がするのかな、なんてちょっと考えてしまう。オーブンに入れて、あとは焼き上がりを待つだけというところで、少し休憩ということになり近くにあった椅子に座った。


「じゃーん。今日頑張った人にご褒美のアップルパイです。」


「うぉ。……美味そう。」


「昨日作ったの。結構周りには好評だから味の保障ありよ。」


どうぞ、と切り分けてもらったアップルパイを口に運ぶ。甘いけどちゃんと酸味の残っているリンゴとカスタードがうまくマッチしていて爽やかな後味が残る。俺の知ってるアップルパイは、マックやミスドで売られているものくらい。こんなの美味いの食べたらもう店のものなんて食べられないんじゃないかと思うくらい、それぐらい美味い。フォークの動きは止まらずサクサク切って口に運ぶ。


「どう?」


「めちゃくちゃ美味いっす。こんなの初めて食べました。」


「ふふ、ようやく笑った。」


「え?」


「だって今日バイト来た時からすごく不機嫌だったでしょう?」


ポロリ。フォークに刺さったリンゴが皿に落ちた。そっか。俺ここに来る前めちゃくちゃキレてたんだっけ。それを忘れていたことと、名前さんにストレートに指摘されたことにすごく驚いた。俺がキレてることを知ってて話しかけてくるやつなんて、幽と新羅とノミ虫くらいで、他の奴らは目を合わせようともしない。それなのに。


「…俺のこと怖くないんですか?」


「え?なんで?」


思い切って聞いてみたというのに返ってきた返事は心底不思議そうな声色で。訳がわからないとでも言いたげな名前さんを見ていると、何故だかそんなことどうでも良くなってきて、これ以上聞くのはやめておこうと思った。やっぱり名前さんって変っすよね。と言えば「え?どこが?」と更に不思議そうな顔をして、それが可笑しくて笑ってしまった。この人の年上なのにどこか幼さの残る笑顔に、胸が、鳴る。



アップルパイ
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