セルティに岸谷くんの誕生日ケーキの作り方を教えに来るのも今年で5年目になった。静雄くんに友達だと岸谷くんとセルティを紹介された日のことを思い出すと懐かしい気持ちで一杯になる。個性的すぎる二人の前で、彼女だと紹介されてとても恥ずかしくて嬉しかったあの日。もう静雄くんと付き合い始めて5年以上が経ったのだ。



『名前と静雄は結婚しないのか?』


「……結婚?」



 セルティが生クリームを手で泡だてつつ、影でPDAに打ち込んだ文字を私に向ける。生地を混ぜていた手を思わず止めて、セルティ自身に顔を向ける。赤のチェックのエプロンがよく似合っていて可愛らしい。(岸谷くんがいたらきっと大騒ぎだ)



『もう付き合って長いだろう?そういう話はしないのか?』


「うーん…したことないなぁ。」


『い一度も??』


「一度も。」



 PDAにもももしかして名前はあいあwせdrftgyふじこlp;@と誤字がいっぱいの画面が表示され慌ててセルティの持つボールを受け取った。案の定まだ中身は無事だった。今度は影でなく、わなわなと震える腕でPDAを私に向けるセルティは詰めよってくるように



『もしかして名前は静雄と結婚したくないのか?????』



と画面を表示させた。頭を抱えたり、私の肩を揺すったりとどうやらすごく私の返事に焦ってるらしい。顔がないのにわかりやすすぎるセルティに思わず笑いがこぼれた。



『確かに静雄は力が強いけど子どもに遺伝されるとは限らないと思うぞ!!名前もう一度よく考えなおせ!!』


「え!もうそこまで考えてたの?ていうか、結婚したいなって思ってるよ、静雄くんと。」


『ええ!?そうなのか!?』



 そうだよー、と返事をしつつ照れくさくなって再びケーキ作りの作業に戻る。あとはオーブンでスポンジを焼いてデコレーションするだけだ。作った生地をケーキの型に流し込んでいるとPDAが目の前に現れる。



『じゃあ何で静雄と結婚の話をしないんだ?』


「…今は私も静雄くんも結婚する準備ができてないからかなぁ。」


 静雄くんは高校を卒業してから様々な職業に就いた。職場でいつものように力を出してしまったり、間違って警察に逮捕されたりとなかなか仕事は安定せず落ち込んでいた時もあった。今は中学時代の先輩のトムさんに誘われた借金取りをなんとか続けていてようやく1年ほど。トムさんや社長さんは静雄くんの力を十分理解してくれているみたいで、私も静雄くんもほっと胸を撫で下ろした。
 そして私も専門学校を卒業して、実家のケーキ屋で働いている。以前のようなバイトではなく、見習いパティシエとして。学校で学んできたことだけで現場は上手くいかない。まだまだ経験を重ねて勉強中の身だ。いつかは自分のお店を出せるくらいになりたいと思っているのだから。
 お互いに悩んだり苦しかったりと色々なことがあったけれど、それでも私と静雄くんは別れることはなかった。辛いときは励まし合って、泣きたいときは一緒に悲しんで。私はずっとこの人と一緒に生きていきたいと思っている。もう少し私も静雄くんも成長すれば、結婚だって、きっと。



『ごめん、名前。軽い気持ちで聞いてしまって。』


「ぜんぜん!スポンジ焼けるまで少し休憩しようよ!」



 肩を少し落としたセルティの背中を押してリビングへ進む。こんなに心配してくれる人がいて私も静雄くんも本当に幸せ者だ。







「お邪魔しまーす。」


「今すげえ散らかってっけど…。」


 セルティと岸谷くんのバースデーケーキを完成させたあと、余った材料で作ったミニケーキを持って静雄くんの家に立ち寄った。高校を卒業して一人暮らしを始めた静雄くんのアパートは家から少し遠いけどセルティと岸谷くんのマンションからは割と近い。少し羨ましい。
 ジャージ姿の静雄くんが扉を開けてくれて中に入る。池袋では金髪・サングラス・バーテン服で有名だって聞いたことがあるけど私は部屋着を纏っている静雄くんの方がなじみ深い。それはやっぱり静雄くんが制服を着ていた時の印象が強いからで、池袋の静雄くんを知る人との違いが少し嬉しかったりする。もちろんそんなこと静雄くんにも誰にも言ったことないけど。



「久しぶりにセルティといっぱい話せて楽しかったよー。岸谷くんは留守でいなかったけど。」


「あー…あれだ。セルティからさっきメールが来てたんだけど。」


「ん?」


「なんか変なこと聞いちまったからって。名前さんのこと気にしてやってくれだと。」


「あー…。」



 全然気にしてないって言ったのにセルティってば…。雰囲気からして静雄くんは私とセルティが結婚の話をしたことを知っているようだし、とてもとても気まずい。静雄くんは何も言わず煙草を吸っていて、私は何を言えばいいかもわからず、まさかの事態にただ少し散らかったフローリングを見つめた。



「…前、セルティに言われたことあんだ。」


「え?」


「お前たちはまるで新婚みたいだなって。」


「そ、そうなんですか…。」


「何で敬語?」


「や、なんとなく。」



 ふっと静雄くんは笑って煙草の火を消した。それ昔からの癖だな、と言いながら。



「今はまだ名前さんを養っていけねぇし、まだまだ自分のことで精一杯だけど、名前さんのことは俺が一生守りてぇって思ってるから。」


「…。」


「俺と結婚してください。名前さん。」


「…こちらこそ。ずっと一緒にいてください。」



 初めて好きだと告白されたあの日から何も変わらないまっすぐな目で、静雄くんの瞳が私を映す。変わったことは私たちが少しだけ大人になって、あの日に比べると自分のことだけじゃなくて相手のことも少しは考える余裕ができたことだ。これからも私たちは生きている限り年を重ね、日に日に老いていくだろう。その日々を貴方と共に歩んで行けるのなら、そのまっすぐな目でずっと私を映してくれのるならと今は想像することしかできない。それでも私はその想像をいつの日か現実にしたくて、これからも静雄くんの隣にいつづける。
 ありがとうと繋いだ手はまるで指きりみたいだった。



バースデーケーキ

◎フリリクくださったるいさんありがとうございました!
20110830
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