久しぶり会った名前さんが以前のように笑っていたから俺はすごく安心した。そして色々迷惑をかけてごめんねと謝られてかなり驚いた。俺が名前さんを好きで勝手にしたことだから、むしろ謝らなきゃいけないのは俺だと思っていたのに。それを名前さんに話すと、私たち似てるのかもねとくすくす小さく笑った。でも今日は私に奢らせてねと名前さんが絶対に譲らないという風にいうからそこは甘えることにした。
 名前さんのお気に入りの店に入って二人でケーキを食べて、やっぱりこの人と一緒にいると全てが甘くて穏やかだと思った。ケーキも甘かったがそれ以上に名前さんは甘い。やっぱりこの人のことが好きなんだな、と自覚する。ずっとそばにいたいとか、抱きしめたいとか、キスしたいとか、こんなこと思うのは名前さんにだけだ。俺だけのものにしてしまいたいなんてことは絶対に言えないけど、本心はそう思っている。
 店を出て、池袋の道を二人で並んで歩く。人で溢れた汚いこの街も名前さんと一緒なら別にいいかな、なんて思ってしまう自分に笑ってしまう。全く俺らしくもない。何笑ってるの?何でもないふりをして、名前さんの頭をぽんと撫でた。



「正直、もう静雄くんに会ってもらえないくらい嫌われたんじゃないかって思ってた。」


「…まさか、俺は名前さんのことが好きっす。」


「!」


「でも、別にそんな返事を焦ったりとかしてないんで…。…名前さん?」


「えーとその…今こっち見ないで。」








 赤くなった顔を隠すために背を向けると、くいっと腕を引っ張られて静雄くんに顔を覗きこまれる。静雄くんは心底驚いたという顔をしていて、もう顔を見られないように顔を俯けた。静雄くんに掴まれた腕がそのまま引かれて、表通りから細い裏路地に入っていく。さっきまでの表通りの喧騒が嘘のように静かになった。



「やっぱり前言撤回。…名前さんの返事を聞かせてください。」


「無理、無理だよ…。まだ心の準備できてないもん…!」


「…俺、自惚れてもいいっすか?」



 どうしようか迷った挙句、小さく頷いた。まだ言うつもりなんてなかったけど、今の静雄くんから逃げられると思えなかった。それに、静雄くんには嘘をつきたくない。



「…あの、キスしてもいいっすか?」


「きっ…?だっ駄目に決まってるでしょ!?」


「でも返事も嫌なんですよね?」


「うっ…!とととにかくちょっと落ち着くから待っ……」



 待って、と紡ごうとした声は静雄くんの唇に塞がれていうことが出来なかった。後頭部に静雄くんの大きな手の感触がして、力強く唇と唇が合わせられる。唇が少し離れて、触れてしまいそうな距離のところで静雄くんが内緒話をするみたいに好きだと囁いた。チョコレートを食べすぎた時のようにその言葉は甘くて、胸が焼けてしまいそう。私も、好き。きゅうきゅうと締め付けられる胸の痛みを必死に抑えて呟くと、またすぐに唇を重ねられた。二人ともケーキを食べた後だからなのか、重なった唇はどんなケーキやアイスクリームよりも甘く感じる。きっとどんなデザートも敵わないような。甘くて、胸がいっぱいになる、幸せの味。
 恥ずかしかったけど今度は、おずおずと静雄くんの背中に腕を回した。



「…改めてなんすけど、俺と、付き合って下さい。」


「…はい。私で良ければ。」



 名前さんじゃなきゃ嫌です。そのまま抱きしめられて静雄くんの金髪がふわふわと頬に当たる。くすぐったい感触に静かに目を閉じた。
 私たちはまだお互いに知らないことばかりだけど少しずつ覚えていけばいいよね。静雄くんのこともっと教えて欲しい、もっと知りたい。1番最初に聞きたいことは決まっているの、静雄くんの1番好きなお菓子が知りたい。今度からは、静雄くんのためのお菓子を作りたいから。



 池袋のとある小さな可愛らしい店のケーキは、食べると恋が叶うらしい。池袋の名物となりつつあるその店では、実際に恋を成就させたカップルは多いと聞いている。一体どんなケーキなのか、どんな味がするのか。そう問われると多くの人がこう答えるらしい。
 、と。




20110214


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