私がもっとお菓子作りが上手になったら大きいケーキを作ってあげるね!

そんなことを言っていたのはもう何年も前のことだった。今ではあの子はもう大人で、女の子というよりは女性と言わないと怒られてしまうかもしれない。僕の前では少し背伸びをしたがる子だったから。だからこれからは、あの子とは言わずに彼女という言葉を使わせてもらおう。

彼女がやって来たのは店を閉めてすぐのことだった。こんな時間に何か用があったのかい?と聞くと彼女は僕のためにケーキを作って来たのだと持っていたケーキボックスを差し出した。開けてみてと言われて中を見ると、大きなホールの苺のたくさんのったチョコレートケーキ。チョコレートケーキは僕の1番好きなケーキだ。好きだから味にもこだわりがあって、僕が作るお店のチョコレートケーキはちょっとした名物でもある。彼女はケーキを切り分けて1ピースを僕に差し出す。これが今の私にできる最高のケーキだから、食べてみて下さいと。差出した手は少し震えていて、彼女が緊張しているのがわかった。僕は無言で彼女の手からお皿を受け取った。

柔らかいスポンジケーキ。甘い甘いチョコレートクリーム。添えられたビターチョコレート。甘酸っぱい苺。このチョコレートケーキの味は彼女そのものだ。どれもが優しくて甘い。まるでケーキに恋でもしているかのような味。

食べ終わった僕を緊張した面持ちで彼女は見つめる。美味しかった。人を幸せにできるケーキだね。僕がそう言うと彼女は初めて安心したように微笑った。できれば残ったケーキを僕の婚約者にも食べてもらいたい、このケーキは2人へのプレゼントにしたいと彼女は言った。僕の婚約者も甘いものは大好きだから、きっと喜ぶだろう。是非そうさせてもらうよと僕が言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。その顔は昔一緒にケーキ作りをした幼かった彼女を思い出させた。
そろそろ帰るねと店を出ようとする彼女に送って行こうかと声を掛けると、待ってくれてる人がいるから大丈夫と明るく言われた。もしかして彼女の恋人だろうか。もしかしてこの前一緒にお店に来た男の子かな。なんてまるで彼女のことを妹のように思ってしまう自分はまだまだ昔のままで、まだまだ子どもだ。彼女はどんどん大人になっていくというのに。この前は言い忘れちゃったけど、結婚おめでとう!またね!手を振る彼女はもう、俺の知ってるあの子じゃなくなっていた。








あまい、あまい

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