バイトをずる休みしたのは、静雄くんの顔を見ると泣いてしまいそうな気がしたからだ。静雄くんは優しいから、きっと私の話を聞いてくれる。でも絶対に私の話は静雄くんを困らせてしまう。それがわかっていて、掛かってきた電話をとってしまったのは結局静雄くんの優しさに甘えたかったからだ。静雄くんを傷つけてしまうかもしれないのに、最悪だ、私。2週間ぶりに聞いた声は少し懐かしく感じた。『俺のせいでバイト休んだんですよね。』と言われて、否定したのは間違ってないと思う。静雄くんのせいじゃない。私のせいだよ。そういった声は少し声が震えていた気がする。『今、店のすぐそばにいるんですけど、出てこれませんか?』そう言ってくれたのはきっと静雄くんの優しさだ。私が泣きそうなの、わかってるから静雄くんの気持ちを考えれば行けるはずなんてないなのに、行くと言って電話を切ってしまった。家から店までは歩いて1分の距離。顔を洗って、靴をはいた。



***



「……陽介さんが、結婚。」


「…うん……。」


近くのベンチに二人並んで座って話をした。2週間ぶりの静雄くんはなんだか新鮮な気がした。会ったばかりの時はやっぱり少し気まずかったけどすぐにいつも通りに話すことができた。なんとなく、そんな雰囲気は嫌で、多分それは静雄くんも同じなんだと思う。ぽつりぽつりと、陽介さんのことを話し終え沈黙が続く。



「やっぱり、私ショックだったの。陽介さんの結婚。」


「………。」


「でも、結婚をやめて欲しいとかは思わなかった。」


「…え、何でっすか?」


「幸せそうだったから、ショックだったけど私も嬉しかった。だけど、心の中にぽっかり穴があいちゃった感じ。」


「………」


「結局好きだったのか、よくわかんなくて。はっきりしてから、静雄くんに話そうと思ってたんだけど…。」



自分の気持ちがよくわからないなんて、静雄くんにすごく失礼なことだと思う。静雄くんは私に好きだと言ってくれたのに、私は誰が好きなのかもよくわからないんだから。私が静雄くんの優しさに甘えて、話を聞いてもらって、だけど、好きな人がいるのかいないのかもよくわからないということは、すごく静雄くんを傷つけてると思う。色々な意味を込めて「ごめんね。」と呟いた。自分の足先を見ながら、情けなくて泣きそうになった。


「名前さん。こっち向いて。」


「…?」


言われたとおりに顔を上げてその方向に向くと、目の前には市販のスプーンを持った静雄くん。いつもの癖か、条件反射のように口を開けてしまっていてスプーンは私の口に吸い込まれる。ぱくり。口の中にはちょうどいい甘さに煮てある栗となめらかなクリームが広がっていく。多分モンブランかな。静雄くんの手元を見ると、スプーンの逆の手には開いたケーキボックスを持っていた。


「前に俺にアップルパイ作ってくれたとき言ってたっすよね。甘いものを食べれば笑ってくれるって。」


「なんで…。」


「…俺は、別にいいっすから。…名前さんがそんな風に落ち込んでる方が調子狂う。」


それにまだ振られたってわけじゃないしなと言いながら二口目が口に運ばれる。続いて三口目。ぱくり。ぱくり。ぽろり。ぽろり。



「なっ、なんで泣いて…?!」


「…なんでそんなに優しいのっ…。」



静雄くんの優しさが嬉しくて。切なくて。苦しくて。暖かくて。気付いたら涙がぽろぽろと零れていた。不器用に頭を撫でてくれる静雄くんの手が暖かい。顔を見上げると困ったように顔を赤くしていた。前見た時と変わらないリンゴみたいに真っ赤で、少しだけ笑ってしまった。私も、この人のことを好きになりたいと思った。







ありがとう、好きになってくれて。
- ナノ -