卒業式を明日に控えた3月のとある日、池袋の街には雪がちらついていた。今年は寒い寒いと思っていたが、まさか雪まで降ると思っていなかった。かろうじて首に巻いていたマフラーに顔を半分埋めると、息の温かさが感じられた。これはなかなかいいかも。ふーふーと息をしながら早足で歩く。卒業式練習なんてさぼっても良かったのだが、当日に失敗して笑われるのも嫌なので、久しぶりに外に出てみればこの寒さだ。目的であった卒業式練習も体育館は寒いし練習になるわけもなく、予定よりもかなり早くに終わってしまった。こんなことならサボれば良かったなと思いつつ、久しぶりに友達に会えたことが名前の今日大きな収穫になっていた。もう学校で会えるのも明日で最後、か。
歩く。歩く。寒い。歩く。遠くの方で卒業式によく歌われる合唱曲が聞こえる。小学校の子供達が練習でもしているのだろうか。もっとよく聞き取ろうと名前は耳をすませた。



「やあ。名前。」



「……臨也。」



向こうから歩いてきたのはよく見なれた男だった。見なれた、とは言っても会ったのは久しぶりだ。最後にあったのは春休み、いやもしかしたらそれ以前だったかもしれない。それでもこの男とは長年幼馴染をやっているので、やはり見なれた姿、だ。あんた今日卒業式の練習サボったでしょ。制服である名前に反して臨也は私服で、暖かそうな黒のコートを着ている。何だか腹立たしい。



「あれ?明日だっけ、卒業式。」



「そうだよ…最後くらいちゃんと来なよ。」


なにが面白いのかにやにや笑っている臨也は、ちょっと気持ち悪い。どうせまた変なことでも企んでいるのだろうけど。臨也は昔からそうだった。小学校の時、上級生から睨まれて、私が喧嘩を売りに行った時も。中学の時、友達に無視されて落ち込んでいた時も。こっちが苛立っているときにはあれ以上腹立たしいものはないけど、臨也が味方にいる時は、これほど頼りになるものはないと、私は密かに思っている。



「そういえば名前は卒業したらどうするんだっけ?」



「…おかげさまで、大学への進学が決まりました。」



何が目的かはわからないけど多分知ってて聞いているんだろう。この男はやたらとそういうことには詳しい。それはおめでとう、でも俺は何もしてないけどね。何かされていた方が困るのだけど、これ以上つっこむのはやめておいた。にやにやしてる顔が色んな意味で怖い。



「臨也はどうするの?勉強してる様子も就活してる様子もなかったけど。」



「俺は池袋を出るよ。新宿に行く。」



「………えっ、新宿!?」



思いがけず大きな声が出た。名前は臨也がまさか池袋を出るとは思っていなかった。いや、考えてもみなかった。就職にしても、進学にしても、地元を出ていく人は少なくはない。現に名前の友達も大多数が池袋をでると聞いていた。だけど、まさか臨也が?昔から当たり前のように近くにいた。これかもきっとそうなんだろうと勝手に思い込んでいた。新宿と池袋なんてそう離れた距離ではない。それはわかっているのに、なんで。なんで私はこんなに動揺してるの。



「もしかして名前、俺がいなくなりそうで動揺してる?」



「なっ、んなわけ……!!」



「…あのさ、名前も俺と一緒に来ない?」



「えっ………………。」



頭がフリーズする。この男は、何を、言ってるんだ。俺と一緒に?来ない?つまりは新宿に?私は、大学に進学することが決まっていて、それは池袋から通った方が近いし、新宿とは逆方向だ。臨也なら、多分そんなことわかっている。いや、わかって聞いているのか。
…断るのが1番安全な答えなのだと思う。行かない、行くわけない、と。でも私は少なからず迷っている。大いに戸惑っている。もしかしたら臨也の言う通りなのかもしれない。臨也が、消えてしまいそうな気がする。目の届かない、どこか私の知らない場所へ。だからと言って一緒に行くという選択が簡単にできるわけがない。ただの幼馴染が引っ越すというだけで、自分も一緒に引っ越すなんて馬鹿げている。思考回路がぐるぐると回る。結局私はどうしたいんだろう。



「…なんてね。冗談だよ。」



「え、」



「まさか本気にするとは思わなかったからさー、実に面白かったよ。君の顔。」



さっきまでの話はまるで存在しなかったことのように、いつものにやにやした顔で臨也が笑う。嘘だ。さっきの臨也の言葉は本気だったでしょう?だって、さっきまであんなに真剣な顔をしてた。長年一緒にいたんだから私にもそれぐらいはわかる。歩いて行く臨也の後ろ姿が、手が届きそうで届かない。



「じゃあ、もしかしたらまた明日ね。」



「……嘘吐き。」



「アハハッ。卒業式くらいちゃんと出席するって。」



後を追いかける気にはならなかった。来るなと、見なれた背中が言ってる気がした。「ねぇ、この合唱曲さー俺達も小学校の時歌ったよね?」随分離れた所から臨也が問いかけてきた。遠くから聞こえてくる歌声に、この男も耳を傾けていたみたいだ。卒業のカノンに合わせて、私も彼とは逆方向に歩みを進めた。



「歌ってないよ。バカ。」






君と私の未来に幸あれ
(0528/変更)
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