「委員長さん。」



呼ばれたことに気づき、読んでいた文庫本から顔をあげた。できるならそのまま無視して読書に没頭したいところだが、そんなわけにもいかない。誰にだって無視をするという行動はしたくないが、今は相手を無視してはいけないという意味で。



「…なんでしょうか、折原さん。」



にっこりと作ったような笑顔で折原臨也が机の前にいた。一般的にかっこいい部類に入るんだろうその顔は、私にとって不快でしかない。私は彼にとある弱みを握られていたのだ。



「またまたそんなこと言っちゃって。委員長さん頭だけはいいんだから俺がここに何しに来たかくらいわかってるだろう?」



「知りません。」



「ははは、俺って相当嫌われてるのかな。じゃあ言ってあげるよ。…生徒全員の成績が入ったデータ。それを受取りにきたんだ。」



はい、頂戴。そう目の前に出された折原の手の上に、スカートのポケットに入っていたUSDを取り出して乗せた。もう後戻りはできない。私は折原に手を貸してしまった。行き場の失った手を膝の上でぎゅうと握りしめた。嫌だ嫌だ嫌だ。こんな奴存在しなければ、こんなことにはならなかったのに。



「一応聞くけど、委員長さんさぁ。自分の立場わかってるよね?」



「…もう用事はすんだのなら帰ってくれませんか?」



早くこの男から解放されたい。折原が帰ったところで私がこの男から逃げられるわけではないのだけれど、それでも一刻も早くこの不快感から解放されたかった。しかし折原の口は閉じることなく次々と言葉を羅列していく。



「君ってどこかのドラマや漫画みたいな存在だよねぇ。内気な性格で友達は一人もいない、本だけが友達の様な文学少女。でも成績は学年トップクラスで学級委員なんかもやっちゃって。それだけでも十分なのに、まさかうちのクラスの担任と恋愛関係にあるとは…」



「黙れ。」



「おまけにその担任は来月に結婚。君との関係はなかったことにして欲しい、だもんねぇ。捨てられちゃった君はどうすることもできずに俺のいいなりになっているというわけだ。健気だよねぇ。普通なら少しくらい相手に痛い目合わせたいと思わない?まぁ生徒と関係を持ってたなんてばれたら君も担任もお終いだけど。」



「帰れって言ってるでしょ!!!!!!!!!!!!!!!!」



気づいた時には机を思い切り殴っていた。折原なんかに、こんな奴なんかに私の何がわかるというのだ。私の気持ちなんか。確かに相手から別れを告げられた時は憎悪でいっぱいだった。結婚なんて駄目になってしまえばいいと思った。PTAや教育委員にセクハラをうけたとでも訴えようかと思った。だけど、それが出来なかったのは、本当に担任を好きだったからだ。好きな相手には幸せになって欲しいと思ってしまったのだ。その隣にいるのが自分じゃなくても。そんな時、近寄ってきたのが折原臨也だった。折原は私と担任の関係、私が相手の幸せを望んでいるのも知っていた。知っていたから近寄って来た。「俺がばらしたら担任はさぞ君を恨むだろうね。頭のいい君なら俺の言いたいことはわかるだろう?」それから私の毎日は黒の絵の具で塗りつぶされていく。徐々に徐々に。着々と着々と。気づいた時には前も後ろも真っ暗だった。




「可哀想な子。」




折原の手が私の頭に触れた。吐き気がするほど嫌なのに、その手を振り払うことはできなかった。「じゃあ、また明日ね。委員長さん。」遠ざかっていく足音を聞きながら、息を整えて気分を落ち着かせた。深呼吸をすると冷静な判断力が戻ってきて、まだ黒板を消し終わってないことに気づいた。当番の人が忘れたのかな。黒板に書かれた白や赤の文字を消していく。パラパラと粉が舞うが仕方ないのであまり気にしない。全て消し終わって黒板を眺めるとため息が漏れた。ああ、綺麗な黒色だ。
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