実家から持たせられた野菜やら果物やらの入った袋をどっさり両手に持ちながら池袋のコンクリートの道を歩く。田舎の土の道とは違って、しっかりと足に地がついている感覚だ。疲れた足を休めたいと思いつつ、足は進むことをやめようとしなかった。ようやくアパートの前までたどり着いて目指す部屋を見上げる。2階の左から2番目の部屋。大好きな静雄の部屋。昨晩電話したら今日は仕事がお休みだと言っていたから、部屋にいるといいのだけれど。だって早く会いたい。



「ただいまー!」



 持っていた合い鍵で扉を開けて玄関にあがる。そこには大きな靴が一足。静雄が部屋にいる証を見つけてもう一度、静雄いるのー?と部屋に呼び掛けた。



「おー久しぶり。早かったな。」


「電車1本早いのにしたんだ。」


「つーかすげぇ荷物だな。」


「お母さんが野菜とか果物とかいっぱいあるから持ってけって!」



 袋から顔を覗かせているトマトやキュウリを見て美味そうだなと笑う静雄を見て、愛しさでいっぱいになる。けど、ちょっと我慢。なんだか私ばっかり寂しかったみたいで恥ずかしい。持っていた重い荷物を静雄が部屋に運んでくれてる間に、冷蔵庫に野菜を入れる。その中を見て、田舎に帰る前に作り置きしておいたカレーやひじきの煮物がなくなっていることに気づいた。静雄食べてくれたんだ。



「カレー美味かった。」


「あのカレーね、チキンカレーにしたの。前に静雄そっちのが好きって言ってたでしょ?」


「ん。」



 袋から野菜をひとつひとつ取り出して、静雄が手渡してくれる。そんな小さなお手伝いが嬉しくて照れ臭い。全部の野菜を詰め終わると、空だった冷蔵庫は野菜でいっぱいになった。



「あ、そういえばもうお昼だね。何か作ろうか。」


「あー…もうそんな時間か。」


「確かまだ素麺あったよね?もらった野菜とツナで盛りつけて食べようか。」


「んー…あとでいい。」


「まだお腹空いてない?」


「空いてっけどよ。…ちょっと休め。」



 静雄はそう言うと、後ろからぎゅうっと肩引き寄せて私を抱きしめた。しばらくぶりの静雄の香水の匂いと煙草の香りが強くなる。ずっと恋しかった香りは、私を穏やかな気持ちにさせた。



「…もう駄目だ、俺。」


「え?」


「名前がいないと無理。」



 抱きしめている腕の力を少し強めて、静雄がぽつりと呟く。そんなの、私だって一緒だ。私だって静雄がいないと寂しくて、早く会いたくて、この優しい腕に抱きしめられたくて仕方なかった。
 腕の中で体をゆっくり回転させて、静雄と向かい合う。肩にのせられた静雄の頭に唇を落とした。
 私も静雄に会いたかった。素直な気持ちを言葉にすると、肩に顔を埋めていた静雄が顔をあげて静かに唇を塞がれた。会えなかった時間を埋めるようなキスをして、まるで私たちは数年間離れ離れだった恋人同士のよう。実際会えなかったのは2週間ほどなのに。



「ねぇ、静雄。うちの親が今度は静雄も連れて来いって言ってた。」


「…じゃあ正月は一緒に行くか。でもなんか、その、緊張するよな。」


「大丈夫大丈夫。自慢の彼氏だっていっぱい親に話してきたから。」


 まだまだ来ない冬の心配をしている静雄に、自然と笑顔になる。冬にはきっと暖かいコートに身を包んで、田舎のふわふわした雪道を静雄と歩くことになるだろう。雪のかき氷がいっぱい食べれるよ。そう言うと静雄は、それは楽しみだなぁと笑った。


君のくちびるは夏の味がする


20110816
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