人間に姿を見られてはいけない。 ずっとその教えを守って生きてきた。
今の暮らしに不満はなかった。家は住み心地いいし、食料にも困ることはほとんどない。私が借りている家の人間は裕福な人ばかりだったから。姿を見られることは絶対になかったし、私が"借り"をしていることにも全く気づいてない様子だった。人間はいつでも忙しくて、小さな変化なんて気にしちゃいない。ちっぽけな小人の存在なんて知ろうともしない。ずっとずっとその教えを信じてきた。人間はみんなそうだと思っていた。だけど、そうでない人間がいることを知ってしまった。
「なにしてんの。」
「っぎゃああああああ!!!!人間!!!!!」
私が借りている家の人間。1ヶ月ほど前に越してきて、この広い家にひとりで住んでいる男の人間。確か名前は折原臨也だったと思う。今までの人間と違って、臨也は家にいることが多かった。わずかな臨也の留守時間に借りを行っていたのに、まさか急に戻ってくるとは思わず…結果、私は臨也に姿を見られてしまった。
「…あの、私を見て驚かないの?」
「別に?妖精や妖刀がいる世の中だし君みたいなのがいても普通でしょ。」
「妖精!会いたい!」
「見た目は君の方が妖精らしいけどね。」
臨也は私が借りをしていることに気づいていたらしい。まさか角砂糖やお菓子の数を確認している人間がいるとは思わなかった。臨也は私の知っている人間とは少し違う雰囲気を持っている。普通の人間なら、私を見て驚いたり怖がったりするんだよね、多分。まさか鳥かごの中に入れるなんて。
「お願いしますここから出してください。」
「どうしようかなー。」
「借りをしていたことは謝ります!もうこの家からは出ていくからお願い許して!!」
「別に謝って欲しい訳じゃないよ。ただ、君みたいな存在を手放すのは非常に惜しいんだよねー。」
「…?」
「君、俺の仕事を手伝いなよ。」
「し、ごと?」
話を聞いてみると、臨也は情報屋という仕事をしているらしい。今の仕事で、とある人物のことを探っているが、相手はなかなか用心深い人間らしく情報が漏れてこない。そこで姿の小さい私に潜入捜査をしてこいと言うのだ。
「無理無理無理!!!」
「君勝手に俺のお菓子食べたよねぇ。」
「うっ。」
「このままどこかの研究所に持っていけば高く売り払えるんだろうなぁ。」
「手伝います手伝わせてください!!!!」
交渉成立だと臨也は鳥かごの扉を開けた。ほら怖がらないで出ておいでと言う声で、恐る恐る外に出る。外に出たかったはずなのに、この男のせいで鳥かごの中の方が安全だった気がしてきた。
「多分知っていると思うけど、俺は折原臨也。君に名前はあるの?」
「私は…名前。」
「名前ね。じゃ、はい。」
右手の人差し指をゆっくりと出された。何をされるのかと一歩後退りをすると、握手。と臨也が笑った。これから一緒に仕事するんだし、一応同じ家に住んでるんだからいいでしょ。確かに正論。突かれたりしないかちょっと不安だったけど、出された指に両掌をそっと乗せた。
「これからよろしくね、名前。」
「…よろしく、臨也。」
人差し指は暖かかった。
0904/10 |