腕の中の何かがもぞもぞと動く感覚で目が覚めた。二日酔いで痛む頭と体はまだ睡眠を求めていて、邪魔をするなと言わんばかりにそれをぎゅうううと抑えつけた。腕の中からうぐぐと呻き声が聞こえる。それは人の声で、俺もよく知っている声だ。そもそもこの家に抱き枕なんてものは存在しない。じゃあ俺が抱え込んでいるこの温かくて柔らかい、好いにおいのするのは一体何だ。重い瞼を持ち上げると、腕の中には俺が好きで好きでどうしようもない女。あれ、これ夢か?と思ったのも束の間。「おはよ静雄。ちょっと苦しいんだけど…。」と抱きしめていた名前のはっきりとした声が聞こえる。どうやらこれは夢の中ではないリアルな現実らしい。そう確信すると今の現状に驚きすぎて、一気に名前から距離を取った。その勢いでベッドから落ちた。痛い。この痛さは現実だ。



「だ、大丈夫?」



「あ、あぁ…。」



「…水、飲むよね?どうせ二日酔いでしょ。」



冷蔵庫の中のミネラルウォーターをもってきた名前は二つのコップの水を注ぐ。片方を俺に渡して黙って水を飲んだ。沈黙。乾いた体に冷たい水が入って来るのがわかる。喉が渇いていたせいもあって、水がいつもよりも美味く感じる。飲み終わってコップを置くと、同時に名前もコップを置いた。沈黙の中視線だけが絡み合う。この沈黙を破らなければならないのは俺なのに、言葉が出てこない。



「えっと昨日のことだけど…別に何もなかったから。気にしなくていいよ。」



「何もって…。」



「ほんとほんと。静雄が酔って寝ぼけて私のこと抱き枕にして寝ちゃっただけ。」



「……。」



「…じゃ私そろそろ帰るね。また寝るならちゃんと鍵閉めてっ…!?」



帰ろうとした名前の腕を反射的に掴んでいた。好きな女が泣きそうな顔をしてるのに、帰せるわけがない。何?私もう帰らなきゃ?そんなこと知るかってんだ。本当にそうなら、ちゃんと俺の目を見て話せよ。名前が嘘つくときは人の目見ないってことくらい知ってる。そう言って俯いた名前の顔を覗きこむと案の定、目には涙が今にも溢れだしそうなくらい溜まっていた。瞬きをすればぽろぽろとこぼれおちそうだ。



「名前。」



「……昨日静雄が…好きだって言った…。」



「…。」



「酔った時に言われたことだから本気かわかんないけど…。でも…私も静雄が好きだから…。」



名前の涙が目からこぼれて、俺はまたその体を腕の中に抱きしめた。先程と同じ好いにおいが鼻孔をかすめる。酔って告白して、好きな女を泣かせてしまった俺は最低だと思う。だけど、名前がそれでも俺を好きだと言ってくれた。胸が熱くなって、腕の中のこいつが更に愛しくなった。ごめんな、と涙が溜まった名前の目元を優しく拭ってやる。壊れないように優しく。優しく。



「俺はずっと名前が好きだ。」



「ほんとに…?」



「ああ。」



嬉しい、とが名前泣きながらに笑う。少し赤くなった瞼の上にキスしてやったら驚いたように顔を真っ赤にした。それでも、少し困ったように、また、嬉しそうに眉尻を下げて笑うもんだから、これはもう止まらねぇなと頭の隅で考えつつ、今度は唇にキスを落とす。二日酔いの頭の重さはとっくに消えて、ただただこいつに酔っていた。




(首の痕に気付くのはもう少し後/0507)
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