脳裏に浮かぶ過去
社に入った瞬間に目に入ったのは、二人の見知らぬ人物。その奥にはつらそうに顔をしかめるミラがいた。
(本当に帰って来たんだ…!)
「ミラ様。心配いたしました」
ミラの帰還に人知れず顔を綻ばせるわたしの前方で、ミラの前に片膝をついたイバルはそう言った。
ミラと見知らぬ人達――つり目だけど気弱そうな黒髪の少年と、茶色のコートを着用した鳶色の髪を持つ背の高い男はわたしに気付いたのか、こちらに視線を向ける。
背の高い男とわたしの視線が合った瞬間、驚いたように男の目が僅かに見開かれた気がしたが、すぐに何事も無かったように先程までの気だるい表情に戻った。
「誰…?」
黒髪の少年が小さな声で背の高い男に尋ねる。
「さあな、俺に聞くな」
当たり前の反応だ。わたしだってあんた達みたいな人なんて知らない。
そう思った瞬間、鈍い頭痛がわたしを襲う。嫌な頭痛だ。
『…っ』
鈍い頭痛と共に脳裏に映像が映し出された。
「わたし、――が――き!」
「俺も――だ。二人…―に…――な」
「うん!」全体的にぼやけていて誰なのか、場所がどこなのかもわからないが、幼い少女と少女より歳が上であろう少年の楽しそうな会話。
(なに、これ…)
幼い上にぼやけているせいで確信は持てないが、この少女はたぶんわたし。じゃあこの少年は…?
「ルディ…?どうした?」
頭痛に頭を押さえるわたしにミラが問いかける。
ミラの方がつらそうなのにわたしの事を心配してくれるなんて…やっぱりミラは優しい。
『なんでもないよ、ミラ』
心配させまいと笑顔で答える。事実、頭痛は既におさまっていた。あの映像は一体なんだったのだろうか。身に覚えがない。
考えるとまた頭痛がしそうで、わたしが忘れた遠い過去の一部がたまたまフラッシュバックしただけ(このタイミングでなったのは不思議だが)だろうと自己完結し、考えるのをやめた。
「これは四元精来還の儀?何故今このような儀式を」
わたしの返答にそうか、と安堵の表情を浮かべたミラに、イバルが辺りを見渡しながら問いかける。
四元精来還…ってなんだろう。四元とつくのだから四大精霊に関する事なのだろう。
そういえば、とミラがいつも連れている四大達が居ない事に気付く。
「しかしこれは……」
そう言いながらイバルは立ち上がり、四大の名を呼び始めた。
「イフリート様!ウンディーネ様!」
だがイバルの行動もむなしく、名を呼ばれた四大から返事が返ってくることは無かった。
『どうしたんだろう…四大たち…』
子供の頃ミラと遊んでいる時に、単なる子供の好奇心でミラの事をどう思っているのかと四大にこっそり聞いたことがある。
その時四大は各々の気持ちを自分なりに述べていたが、みんなに共通していたのは"ミラは大切な存在だ"という事。そんな四大たちが自らミラの元を離れるなど考えにくい。
だとすれば、四大たちに何かがあったという事。
『ねえミラ、四大たちは?』
「――…その事について話がある」
――――――
――――
――
―
「そんな事が……」
ミラは旅の途中で遭遇した事を一通りわたし達に教えてくれた。どうやらわたしの予想はあたっていたようだ。
イル・ファンという街で、このア・ジュールと敵対するラ・シュガルの兵器である"クルスニクの槍"に黒匣が使われているのを知ったミラ。
黒匣のせいで微精霊達が死んでしまうのとクルスニクの槍が人のマナを媒体に作動するのだと考えた彼女は、それらを阻止するため兵器を破壊する際に何かが原因で四大を召喚できなくなってしまったらしい。
「んで、精霊が召喚できないのってそいつらが死んだってこと?」
ミラの話を聞いていた鳶色の髪の男がそう言うと、イバルが指をさしながら言う。
「バカが。大精霊が死ぬものか」
「あれ、常識?」
『こらイバル。人に指をささない』
「ぐっ…すまん…」
礼儀のなっていないイバルに注意を入れると、黒髪の少年が"なんだか姉弟みたいだね"などと言ってきた。こんなうるさくてめんどくさいやつと姉弟だなんて御免だ。
わたしがジト目でイバルを見ると、彼は咳払いをして改めて話し出す。