バレンタイン…そういえばもうすぐそんな行事があるなぁとぼんやり思った。でも、これって地球だけの行事かもしれない。神威団長たち知ってるかなぁ?まぁ、もし知らなかったら教えてあげればいいだけで、せっかくの大事な行事だからその日くらい付き合ってもらおうと考えてお菓子の本を開いてみた。


「…おいしそぉ」


もともとお菓子を作るのは好きだ。頻繁に作ってたわけじゃないけど、友達のお誕生日とか何かお祝いごとがあればちょこちょこ作っていた。それに、作らないにしてもお菓子の本を見るのは好きである。


「…おいしそぉ」


どれも美味しそうで目移りしてしまう。神威団長前にお菓子美味しそうにたくさん食べていたから、きっとたいがいのものは食べられるだろう。阿伏兎さんはどうかな?甘いもの苦手だったりしないかな?大丈夫かな?


「…おいしそぉ」


うーん、お菓子の本見てても美味しそうという感想しかないよ。どうしよっか、どれも美味しそうだし、…一応神威団長と阿伏兎さんには好み聞いといた方がいいかな。苦手なもの贈ってしまうよりはその方がいい。あたしはお菓子の本を閉じて立ちあがった。


「うーん」


がしかし、部屋を出る前に立ち止まる。だって、何を作るか知られてしまっては面白くない気がする。やっぱりこういうのってこそこそやるから面白いわけであって、何か贈りますよ的な雰囲気醸し出していては台無しな気がする。


「やっぱやーめよ」


好みを聞くのはやめよう。もし苦手なものを贈ってしまった時はその時だ。要は気持ちの問題なのだから、万が一苦手だった場合は謝ろう。捨ててくれたってかまわないし。日頃のお礼を込めるのだから。


「あれ?」


日頃の感謝で贈る、それってつまりギリってことか…。


「あれ?」


待って待って…阿伏兎さんにはそれでいいけどさ、神威団長ってあたしの彼氏じゃない??ってことはさぁ、


「…はっ!!ほ、本命…!!」


おいおい、今さらかよ!!って自分に突っ込み入れながら途端に心臓がドキドキしてきた。だって今まで考えてみたら本気の人にバレンタインで何か渡そうとしたことない!!意気地がなくてバレンタインって女友達とはしゃぐ行事と化していたから、そんな恋人とかそんなそんなそんな…!!!本命チョコなんて考えもしないよね!!!!好きな人にあげるとか考えないよね恐れ多い!!いつだって義理しか作ったことないんだから!!!!なんて乙女チックなことしようとしてんだろうと考えたら恥ずかしくなってきた。


「ど、どどどどどーしよ…」


残念ながら、ここには恋愛事を相談できるような女友達がいない!!あ、あの清掃係のおばちゃんたち話聞いてくれるかな…!?いや!!いやいやいやいやそれも恥ずかしくて出来る気がしないよ。どうしようどうしよう頭がぐーるぐるしてきた。


「あ、あああ阿伏兎さーん」


何が正しくて、何が間違っているのか判断を誤ったあたしは、わざわざ団長室にいた阿伏兎さんに助けを求めに行ってしまった。一番信頼出来る人だと思ったから。しかし当然団長室には神威団長もいたわけで、


「あれ?名前どうしたの?」


目が合った途端に自分のおかした過ちに気付く。しかしまだ頭はパニック状態だったわけで、


「あの、阿伏兎さんに…その…用が……」


一旦退却すれば良かったものを、尻すぼみになりながらも要件を言ってしまった。神威団長は少し怪訝な顔をして、でも、


「阿伏兎、行ってきな」


そう言った。阿伏兎さんが分かったと了承して、そしてこっちに歩いてくる。





―――――**





名前が阿伏兎に用って何だろうなぁと考える。別にいいんだけど、もし悩み事とかだったら誰よりも先に俺に言ってほしいと思うから、なーんとなく面白くないのだ。でもまぁ大事なことなら名前は言ってくれるだろうし、そうじゃなくても阿伏兎が教えてくれるだろう…名前から直接聞けるに越したことはないのだが。そんなふうにもんもんと考えていれば扉の向こう、だんだん近づいてくる足音は阿伏兎のもので、


「…只今戻りました」


疲れた顔の阿伏兎は気持ち悪いニヤケと共に帰ってきた。


「ちょっと阿伏兎、名前に何もしてないよネ?」

「なんもしてませんよ」

「…ならいいんだけど」


しかしそれで会話が終わってしまいそうな雰囲気に眉をしかめる。阿伏兎め、空気読めよ。仕方なしに口を開く。


「…なんだって?」

「何がですか?」


白々しい…


「だからさ、名前何か言ってた?」

「いいえ何も」


…イラっ


「じゃあ何で名前は阿伏兎を呼びだしたのさ?」

「…」


…イライラっ


「何で黙ってるの?」

「……」


…イライライラっ


間合いを素早く詰めて喉元に手を添える。阿伏兎は若干引きつった顔を青褪めさせた。


「…言わないと殺しちゃうぞ」

「…」


それでもしぶる阿伏兎に少し疑問を感じつつ、しかし阿伏兎は、


「…名前に口止めされてんだ」


そう言う。名前に口止め…?なんで?俺に内緒ごと?余計にイライライライラっマジで殺してやろうかと思ったとき、


「まぁ、…そのなんだ…可愛い彼女を持って幸せですね団長」


そう言った阿伏兎の顔のニヤケ具合があまりにも気持ち悪くて思わず少し距離を空けた。


「…言っとくけど譲らないよ」

「…大丈夫ですよ、こっちも自分の立場わきまえてますんで」

「そう」


阿伏兎は溜息して口を開く。


「…団長、あれだ…あの地球産の面倒事の一つ」

「ん?」

「2月14日」

「14日?」

「…そんじゃ俺は仕事に戻りますんで」

「…」


阿伏兎が去ってから、地球用のカレンダーを引っ張りだした。


2月14日…バレンタインデー


その文字の意味を理解して、ちょっとだけ目を見開く。それから、名前が俺に相談できない理由を想像したら思わず笑みがこぼれた。






初々しい女の子

可愛いチョコレートケーキが出来あがるのはもう少し先の話。





ルルルでバレンタイン
20100214白椿