気が付けば辺りは真っ暗になっていた。
何時間、人を斬っていたのだろう。
隊服はボロボロで血を吸ってどす黒い。
どっと疲れが襲ってきて、刀を持った腕をだらりと垂れ下げて空を仰いだ。
満天の夜空だった。
ああ、あの空にどれだけ私の殺した魂があるのだろう。
「隊長」
部下の声に我に帰って、刀を鞘に戻した。
馬鹿馬鹿しい。私がどんなに汚れてようと今更だ。
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「副長」
「…入れ」
向こうからの返事にゆっくり襖を開けた。
夜中だと言うのにまだ書類を片付けていたらしい。
「暗殺部隊、無事全員帰還しました」
「そうか、御苦労さん。」
報告を一通り済ませる。
相槌をうちながら副長は毎回苦い顔をなさる事は知っている。
任務は成功したのだからもう少し喜ばれても良いものを。
「悪いな、毎回…汚ェ仕事を。」
「それが仕事ですから」
「…もういいぞ、よくやったな。」
「はい」
私は貴方が少しでも楽に仕事が出来るようになれば、それでいいのだ。
副長を危険な目に合わせる疑いがあるものは全て私が殲滅する。
そう思って仕事をしている。
全ては私をここに置いてくれた彼の為だ。忍としてやっていた昔は、こんな人の為とか何かの為に仕事をするなんて思っても見なかった。
任務に失敗して死にかけていた時彼に拾われるまで、奉公などくだらないと。
副長の傍に置いてもらえるようになってから、私は彼が為だけに働こうと決めた。
鬼の副長なんて呼ばれていてもどこまでも優しい彼の代わりならば、私は喜んで血に染まろう。
「お帰りなせェ」
「…沖田さん」
部屋に戻ろうとすると、隣の部屋から声をかけられた。
見れば一番隊の隊長で、仕事だったんですかィと尋ねられた。
「はい」
「そーですか」
「…」
「…」
「…では」
言葉もなく、じっと見つめられる。
話が続くようではないので部屋に入ろうとすれば、微かに沖田さんが笑った。アンタは相変わらず無愛想でいけねェや。
「会話が続かねェ続かねェ」
「…いけないですか?」
「ああ、いけないね。そんなんじゃ土方は何時まで経っても気付いてくれやせんぜ」
「私が副長をどう思ってると?」
「好きなんじゃないんですかィ」
「…そんなものじゃありません」
「そんな睨まいでくだせェよ、怖い怖い」
「すいません。任務後で気が立ってるんです。」
おやすみなさい。
パタン、襖を閉めた。
そんなものじゃない。これは愛だの恋だのではない。
そんなものじゃ、ない。
時々自分の気持ちに不安になるから嫌だ。
沖田さんは私を引っ掻き回して遊んでるらしい。
副長は恋などに現を抜かす人ではないと知っている。
だから私のこの憧れや忠誠はそんなものに成り下がってはいけない、決していけない。
気分が悪くなって、思考を追いやるように傷口に消毒液を思い切りかけた。
・
・
次の日の夜、私は副長の部屋の前にいた。
「副長」
「何だ」
「何か出来る事はありませんか」
「あー…」
副長は困ったように首を掻き、煙草の火を消した。
そしてとりあえず入れと私を部屋に招き入れる。
「休みの日くらい休め」
「じっとしているのは性に合わなくて」
「昨日も任務だったろうが」
「私の事はいいのです」
「疲れてんだろ」
「副長はここ毎日書類整理をされていて、とてもお疲れの様に見えます」
「…」
「…」
「ハァ。分かった、手伝え」
諦めたように溜息をついて書類を何枚か渡された。
疲れた顔をしていた、無理をしているのはどっちだろう。
向かいに座り、筆を取る。
こんなことを毎日やっているのか。
あまり無理なさると倒れてしまいますよと言えば、そんな柔じゃねーよと返された。
そんな隈ができた顔で言われても全く説得力がない、と思いながら、そうですかと呟いた。
全く器用貧乏とはこの人の事だ。
「なぁ」
「はい」
「別に俺に何時までも気を使わなくてもいいんだぞ。」
「はい」
「昔の事じゃねェか。」
「はい」
「…無理すんな」
「いえ、好きでやっているんで」
お互い手を止めずに会話を続けていたが、向かいに座っている副長が筆を置いた。
私も手を止め彼を見る。
「次の任務、お前達と一緒に俺も行く事になった。」
「…何故ですか」
「そろそろお前だけにこんな事させるのは止めようと思う」
「私は構いません」
「いや駄目だ」
「副長が自らするような物ではなりません」
「お前が一人でしょい込むもんでもねェだろうが」
鋭い視線と目が合って黙った。
どうしてそんな目をするのだろう、貴方がそんな顔する必要なんて無いのに。
「副長は優しいですね」
「お前な、」
「私は貴方の下で働けて幸せです」
「…」
「少しお休みになっては?疲れた顔をしてますよ」
立ち上がり、副長の声を無視して布団を引く。
あとの書類は私が片付けておこう。
「オイ!」
「駄目です」
「いや駄目じゃねーよ」
「副長、」
「うぉ…!」
あんまり粘るものだから、無理矢理布団に押し倒した。
肩をぐっと押さえて、起き上がれないようにする。
「貴方に過労死なんかで死なれては困ります」
「死ぬかよ、んなもんで」
「貴方に死なれたら困るんです」
「いやだから」
「とにかく少しお休みになってください。」
凄んでいうと漸く大人しくなったのか、また溜息をつかれた。
そしてじゃあ九時になったら起こせ、と小さく呟いた。
さらりと少し固めの髪を撫でるとゆっくり瞳を閉じていった。
「お休みなさい」
そっと頬にキス。
机に戻るとふと風が吹いて顔を上げる。
開けっ放しの窓から星が見えた。
私の殺めた魂達が、こんなに綺麗に此処から見える。
そう思うと彼らの命も無駄ではないと思う。
(彼の為に何時までも輝いていて)
眠ってしまった彼を見た。
何だか切なかった。
彼がこのまま死んでしまったらどうしよう。
また布団の傍らに戻って、布団から出た腕に手を当てた。
温かい。
副長が死んだら私も死ぬ覚悟が出来ている。
これは本人には言わない自分だけの誓い。
もやもやとしたこの気持ち、ここで句切を付けようか。
今の間、この一瞬をどうか許して。
「好き」
犠牲の上に立つ幸せなんて敵わなくていいから。
誰かの魂が光る
Thanks.真樹さま