(神様がいたら、今だけは見っとも無く縋りたいと思う。)
こんなこと、今目の前で泣いている彼女には言えないけれど。この俺が死ぬ事が怖いなんて言えるはずもない。其れくらい格好悪いことなのだ。神様、お願いだから俺を死なせないで。心の中で願っても、俺の傷口からは血液が溢れる溢れる。止まらないそれは彼女の服や手を汚していく。嗚呼、綺麗だなあ。俺の赤で彼女を汚しているのだから。死なせないでなんておかしな話だと思う。もし神様とやらがいたとすれば、俺がここで死ぬという運命を作ったのもまた神様だろうから。そんな運命を作った奴に命乞い。我ながら情けない。今まで躊躇いも無く人間や天人、生き物を殺してきた。殺すことが好きだ、楽しかったんだ。そのことを俺は、夜兎の本能という理由で誤魔化してきた。いくら汚い奴でも、生きている。俺だって生き物だからそれくらいわかる。それに、俺も血で汚れた生き物だ。同じじゃないか。俺が殺してきた奴らと、なんら変わらない。
だから俺が死んだっておかしくはない、それくらいのことをしてきたんだ、俺は。

「団長…。」

今彼女を泣かせているのは俺だ。謝りたくても声が出ない。俺はいつからこんなに彼女の事を大事に想っていたのだろうか。只の部下じゃないか。この俺が恋沙汰なんて笑える。だからかな、今こうして死にかけているのは。彼女を死なせたくなくて、守りたい、ただそれだけだった。自分でも馬鹿だなあと思う。捨て置けばいいのに、こんな弱すぎる兎一匹。今までだってそうしてきたはずだろう。たった一人の妹だって、酷い言葉を吐いて捨てたじゃないか。それなのに、彼女が殺されそうになっていたところを見て、焦ったのを覚えている。危ない、あのままじゃ彼女は死ぬ。それだけ考えて後はどうでもよくて、気付けば彼女を庇っていた。敵を殺せたのかもしれないけれど、何故だか手は動かなくて。今更殺しから足を洗ったって遅いのに、本当に愚か。

「なんで、泣いてるわけ。」
「…だって、私の所為で、」
「あんたの為に殺さなかったんだよ。」
「ごめ…なさ…っ、」

謝らなくていい、泣かなくていい、全て俺の意思なんだから。彼女が悪いことなんて一つも無い。けれど、きっと彼女は俺が死にかけているのは自分の所為だと、自分が弱い所為だと思っているのだろう。いいんだ、彼女は弱いままで。いいんだ、出来損ないの夜兎で。いいんだ、そのまま生き物を殺めないままで。そのままで、いてほしい。嗚呼全く、死にたくないのか彼女をそのままでいさせたいのか、どちらを願うのかはっきりしろって自分に言いたい。もし神様がいたとしても願い事は一つしか叶えてくれないだろう。だったら俺はどちらを選ぶのだろう。このまま俺が生きて、俺が彼女を強くさせてしまうのか、このまま俺が死んで、彼女も弱いままなのか。だとしたら、俺が選ぶのは一つしか無い。

「…眩しい、ね。」
「団長、」
「あんたはそのままで、いてよ。」

このまま俺が死んで、彼女も弱いままで生きていて。それが最善の選択だ。まあもし、神様がいたらの話だけどね。これで俺の人生はお仕舞い。なんの変哲も無い、ただの夜兎一匹が粋がっていただけだった。全くつまらない人生だ。これじゃあ鳳仙の旦那を馬鹿にできないじゃないか。太陽と彼女に看取られて、干乾びるのだから。










Thanks.春田狂子さま