こつこつ

暗い道に足音が響く。なんだかいつもより寒くて、マフラーに顔をうずめた。

そういえばもうすぐ雪が降るんだったか。今朝の天気予報は寝坊したせいで見れなかったけど、誰かが言ってたような気がする。

手袋を家に忘れたせいで、指先がすごく冷たい。右側がいつもより寂しいのを実感して、胸がちくんと痛んだ。

言葉にしづらい思いと一緒に息を吐き出せば、空気を白く染めて空に昇った。

それを目で追って空を見上げれば、分厚い雲が月を隠していて、どうりで暗いわけだと思った。

なんだか私の心の中みたいだ、なんて柄にもないことを考えて少し笑った。

夜空に取り残された星が、少し寂しそうに光っていた。















「総悟なんてだいっきらい!死んじゃえ!」

かっとなったはずみとはいえ、そんな酷いことを言ってしまったのは私の方で。

今頃あいつは家で寝てるだろうか、もしかしたら心配してくれてるかもしれない。そんな甘いことを考える自分の頭に嫌気がさした。

思えば、付き合ってから喧嘩らしい喧嘩をしたのはこれが初めてかもしれない。付き合う前は、毎日のようにしていたけど。

いつだって意地を張ってごめんねが言えなくなる私に、総悟は普段通りの嫌がらせをして、2人で笑えあえば喧嘩をしたことなんてどこかに飛んでいった。

今回ばかりはそうもいかないか、なんて思えば少し悲しくなって、家の近くの公園のベンチに腰をおろした。

「総悟のばーか」

小さく呟いた言葉は冷たい空気に溶けた。

することもないし寒いけど家に帰る気分になれなくて、総悟の嫌いなところを考えてみることにした。

ドS、意地悪、鈍感、女の子にモテる、優しい、格好いい、頭いい、…あれ、これじゃあ好きなところになっちゃうな。

ああ悔しい、でも好きなんだもんなあ、なんて馬鹿なことを考えながら、とがっていた気持ちが柔らかくなるのを感じた。

ぴと

寒くて寒くてたまらなかったほっぺに急に熱が触れた。

「ひゃっ、」

びっくりして振り返ればさっきまで考えてた奴が立ってて、なんでいんのとか思うよりも先に謝らなくちゃって思った。

「総、」

「何やってんでィ、こんなとこで」

私の言葉を遮って、総悟は少し怒ったような口調で呟いた。

「あーえっと、散歩?みたいな」

「…お前、馬鹿じゃねえの」

「ば、馬鹿じゃないもん!」

あーあ、またやってしまった。なんて可愛げのない女だろう。これじゃまた喧嘩になっちゃうよ。

「そーやってムキになるとこが馬鹿な証拠だろィ」

「煩いよ、総悟の馬鹿」

「馬鹿って言う方が馬鹿でさァ」

「じゃあ総悟が馬鹿じゃん」

「お前のが馬鹿に決まってんだろィ」

違う、こんなことが言いたいわけじゃない。なのに口からでるのはとんがった言葉ばっかりで、素直になれない自分に苛々して、思わず涙が零れた。

「あーらら、泣かせちまった」

「違っ、総悟…っは、悪くなっ…」

涙ってのは本当に厄介で一度溢れると制御が聞かなくなる。嗚咽混じりで総悟に思いを伝えれば、珍しく優しい微笑みをくれた。

「ごめっ、私…意地張ってばっ、かでっ…」

「あーあー鼻水垂れてら。ただでさえ可愛げのねえツラがぐちゃぐちゃでさァ」

「なっ…」

「あんたみたいな不細工で意地っぱりの可愛くねェ女と付き合ってられんのは俺くらいしかいねえや」

自分だって相当な意地っぱり。憎まれ口の中に隠れた総悟の優しさに気付けるのも、私くらいかもしれないね。

「ほら、早く飲みなせェ。冷めちまわァ」

「あっ、うん」

総悟のくれたココアは少し熱くて、すごく甘くて、冷えた体を冷やしてくれた。

でも、胸のあたりがほんわりあったかいのはココアのおかげだけじゃないような気がした。





空を見上げれば、いつのまにか雲が晴れて、月が星を優しく照らしていた。





Thanks.ゆずさま