あ、いた。よく見慣れている小さな背中。月の光を浴びたそれは、俺の瞳に酷くはかなげに写った。
本人に気付かれない様に、そっとと肩を撫で下ろす。よかった。今日も彼女は無事だったみたいだ。
そして一呼吸置いてから、


『やぁ』


何事もなかったかの様に、いつもと同じ言葉をかけ、彼女の隣に腰を下ろす。


「あ、今日は早いんだね」


俺を見て、ふにゃりと微笑む彼女は、いつもと同じ場所、いつもと同じ体制で座っていた。


『うん。仕事がちょっと早く終ってね』


時刻は夜の9時を少し過ぎた頃。場所はかぶき町のとある民家の屋根の上。何故俺がこんな時間にこんなところにいるのかというと…、まぁ、仕事だ。
今回俺が調査する相手は、今隣に座っている彼女。俺の調べによれば、彼女はある現在指名手配中の過激派攘夷志士の実の妹。つまり、真選組にとって彼女は、とても重要な参考人。

本来なら、彼女を見つけ、攘夷志士本人(彼女の実の兄)との関わりが掴め次第、早急に屯所に連れて行かなければいけないんだけど……なんていうか…その……単刀直入にいうと、惚れてしまったのだ。
また、今回の場合は、攘夷志士本人(彼女の実の兄)との関わりが一切ないと分かった場合、彼女を捜査対象から外すこともできたのだが…、結果は黒。それはそれは真っ黒で、もはや漆黒ともいえるほどのもの。
運の悪いことに、彼女ら2人はとても仲がよい兄妹だった。住んでいる場所こそ違うが、週に1度は必ずあっていて、お互いの家を行き来したりもしているらしい。
…ここまで来ると、さすがに見て見ぬふり、という訳にもいかないだろう。

しかし実際のところ、彼女は俺の好きな人。そしてまた、俺さえちょっと報告書を書き換えてしまえば、おそらくこの件は白紙に戻り、捜査は一からやり直されることは明白だ。
だけどそこは俺もれっきとした真選組の隊士。多少の正義感だって持ち合わせている訳で、その薄っぺらい正義感によって、毎日やっとの思いで自分の中の悪魔に打ち勝ち、今のところ、俺はまだ不正をせずにいられている。
彼女に罪はないが、彼女の実の兄にあたる攘夷志士は、今までに何人もの人を殺してきている男。見逃す訳にはいない。


だがしかし、コレにはもうひとつ厄介なことがある。無論、それは俺自身の私情のことなんだけど。
おそらく彼女も少なからず、俺に好印象を抱いてくれている様子なのだ。
仕事柄、他人の感情を読み取るのは得意なつもりだ。監査の仕事って、こういう時に役立つよなぁ。とか思うのが常だったのだが、今回の場合は、そのことが見事に裏目に出てしまった。
俺の一方的な片想いだったらまだ諦めもついたのに、もしかしたらもしかするかもしれない、なんてことになったら、なかなか踏ん切りが付かないじゃないか。

しかも、これもまた確かではないが、おそらく、彼女は全て知っている。俺がどういう人間で、どうして自分に近付いて来たのかを。
彼女が俺といる時に、時折見せるどこか悲しげな笑みは、そこからなんだろうか。

俺は、そんな表情をする彼女に気付かないフリをする。
もちろん実際は、気付いている。気付いているし、そんな表情をさせてしまっている原因にも、薄々感づいてはいる。だけど今の俺には、彼女を救う方法が見つからないから。俺だって本当は直接関係している訳でもない彼女を苦しめたくはないし、彼女の大好きなお兄さんを逮捕したくはない。

だが先程も言った通り、彼女の実の兄は何人もの人を殺してきた殺人鬼。そして彼女はその攘夷志士の秘密を知る、重要参考人。それに対して俺は、現にこうして監査を務める、正真正銘の真選組隊士。
見方によれば、俺達は敵対関係にあるともいえる。
敵方相手にこんな感情を持ってしまうなんてこと、もちろん真選組隊士としては決してあってはならないことだ。(それこそ、副長に知れたら大変なことになるのは目に見えている)
“禁断の恋”とでもいうヤツだろうか。

一隊士である俺自身が言うのもなんだが、真選組という組織はとても優秀だ。
そんな組織を前にして、俺だっていつまでもこんな関係が続くとは思っていないし、たとえどれ程俺が祈り願い、隠そうと試みても、決して長く続くことはないだろう。


「綺麗だね…」

『うん…』


彼女は、こうして星空を見上げる度に綺麗だという。


『でも…、』

「ん?」


“君の方が綺麗だよ”


「退?」

『なっ、なんでもない!』

「?」


もちろん、地味な俺には、とてもそんなドラマのワンシーンの様な台詞は言えないのだけど。
言えないけれど、いつか言ってみようと思う。その時は君へのこの想いも伝えられたらいいなあ、なんて漠然と考えてみたりして。

だけど。だけどそれまで、彼女は無事だろうか。「攘夷志士の妹」としてではなく、どこにでもいる「1人の町娘」として、1日1日をただただ楽しく、安全に過ごせているだろうか。

彼女をどこかに隠してしまいたい。と、これまで幾度となく思ってきた。彼女の存在が誰にも見つからず、「武装警察真選組」という存在を気にして生活しなくてもいい、彼女がどこにでもいる1人の町娘として生活できる、そんな夢の様な場所に。
だけど実際、そんなことは夢のまた夢なこともまた明白で…


『邪魔だなぁ…』

「え?」


そんな、叶いそうもない夢を思い描いていると、さっき君が綺麗だと言った、あの空に広がる星の瞬きでさえもが邪魔に感じる。うっとうしく思う。


そうだ!、


邪魔なものは、みんな捨ててしまえばいいじゃないか!俺がそう言うと、お星さまを捨ててしまうなんていくら退でもそんなの無理よ、と君は切なく笑う。
でもね?俺は絶対にやって見せるよ。君の隣でなら、何だって出来る気がするんだ。



だから、さ



君も、俺の隣に居続けるって誓って見せてよ。










星屑は屑籠へ

少しでも君を隠せる様に、
少しでも君を守れる様に。






Thanks.ほたるさま