「神威っておひさまみたいだよね」
俺をじっと見ながらとんでもない事を言う幼なじみにひどく驚き目をみはる。
太陽。
俺たち夜兎が最も嫌う、最大の敵。天敵。
…俺がそれだと。
「…ついに本気で頭おかしくなったの?」
「何『本気』って。いつもそれなりにおかしいみたいじゃん」
「おかしいでしょ」
「おかしくないわ!!」
珍しくデスクに座っている俺に向かって吠え、頬を膨らませて俺を軽く睨んでいる。
『バカにしないでよ』と。
俺は今日春雨に入ってから数えるほどしか座ったことのない仕事机に座り書類の束と格闘していた。
格闘していた、と言っても中身は勿論全部阿伏兎にやらせていて後はハンコを押すだけ。
でも、それが意外とめんどくさい。
ただひたすらハンコを押し続けるというめんどくさい作業をしている最中あいつはひょこひょこと俺の部屋に入ってきてちょこんと俺のベッドに座りじっと俺を見ていた。
仕事机のちょうど横に少し離れてベッドがおいてあるので俺を見ているあいつを見る事はできなかったけどなにしろ視線がすごかった。
それはもう、突き刺さるように。
…でも別に嫌ではない。
それはむしろ逆で、今あいつの視界には俺しかいないのだと思うと何故か嬉しくなった。
その感情は多分俺には一生いらない感情。
『愛』という強さとは無縁の代物。
その感情に俺は何年前から悩まされ続けた事だろう。
忘れるべきか、否か。
でもやっぱり忘れる事なんて出来るはずもなくて。
女々しいなぁ、なんて思いながらもその思いを告げる事もできずに時だけが流れ、今に至る。
「…で、どういう事?」
「何が?」
もう忘れたんだろう。
顔を傾け俺を見る。
それを見て頭に浮かんだ考えを振り払い言う。
「…そういう事しないでね。反応するからさ」
「何が!?」
ただでさえ部屋に好きな奴と二人きりという状況。
それで何も感じない訳がない。
こいつに限ってそんな訳ないと思いつつも、誘ってんのかなぁとかさ。
いい加減気づいてくれたのかなぁとかさ。
…ま、あり得ないんだけどね。
「さっきの話だよ。俺が太陽ってなんで?」
「あぁ、あれ?……なんでだろ?忘れちゃった」
…適当な。
俺は机から立ち上がりベッドに向かってすたすたと歩いていき…
「…今すぐ思い出せ」
「いひゃいいひゃいいひゃい!!!」
…思いっきり、つねった。
「…神威がいじめる…」
そう言ってほっぺたをさする。
絶対赤くなってるよコレ…!!
んでほっぺた5センチぐらい伸びたよ!
「あんたいじめてると楽しいよ」
私の隣に座りニッコリ笑う。
「…私がいなきゃダメなくせに」
そう小言でぼそっと神威に聞こえない様に言った。
…はずだったんだけど。
「なんであんたがいなきゃダメなのさ」
と、返ってきた言葉にかなり驚いた。
「…聞こえてたの…?」
「うん。ばっちり」
「…地獄耳」
「で?」
「…今日神威質問多いよね。仕事からの現実逃避?」
「忘れる前に早く言ってよ」
すぐ忘れるんだから、と付け足して怒りを帯びた表情でニッコリと笑う。
…酷すぎる…!
私だってそんなに忘れる訳じゃないもん!!
忘れてるのはむしろ神威の方じゃない!!
うぅ…!!
「…じゃあ!!神威は今日何の日か覚えてる!?」
目尻に溜まった涙をこぼさないように力む。
「…今日?なんかあったっけ?…阿伏兎の誕生日とか?」
「ぶっぶー違いますー!!今日は春雨に入団した日です!」
「あぁそう」
「どうでも良さそうだなぁオイ」
「その日があんたがいなきゃダメって言うのとどう関係があるのさ」
「…神威が私を誘拐した日」
ジトーとした目で見つめる。
「…」
「…神威が神威のお父さんと喧嘩して私を無理やり引きずって無理やり春雨に入団させた日」
「…」
「神威を見送りに行ったはずの私を『あんたも来るんだよ』とか言って無理やりさらって行った日」
「…」
何も言わない神威にため息を吐いてそのままベッドにどさっと寝転ぶ。
「……嬉しかったんだよ。実は」
うっわ恥ずかしい。
…でも。
「神楽ちゃんや病気のお母さんまで置いて行ったのに私を連れて行ってくれた事。…すっごく嬉しかった」
…なんで嬉しかったのかは今でも分からない。
でも、すごくすごく嬉しかったんだ。
「なんで顔隠すの」
「…うるさい」
寝転びながらそんな事されると我慢出来なくなる。
一生懸命隠しているつもりなんだろうが隙間から真っ赤な顔がバレバレで。
…ヤバイぞこれは。
……いいよね。キスぐらいなら。
そう自分に言い訳してゆっくり近付き顔を覆っている手をどかそうと手を伸ばす。
…後もうちょっとの所だった。
「あっ!そうだ!!」
ガンッ!!
目を閉じていたはずがいきなり大声を出して起き上がり、顔面激突。
「…痛」
「痛たたた…!」
「俺に頭突きなんていい度胸だね…」
「暖かかったからだ!」
「…ちょっと俺の話聞いてる?っていうか何の話?」
「ちっちゃい頃ひとりぼっちだった私に手を差し出してくれたの!「一緒に遊ぼ」って!」
「…だから何が?」
「神威が太陽みたいって話!!」
…あぁ、そういえばこいつと初めて会ったときそんな事したなぁ。
何歳ぐらいだっけあれ。
まだ神楽も産まれてないときぐらいだから…忘れた。
「やっと思い出したよ!」
ベッドから立ち上がりいきなり俺に抱きつく。
「…っ!?」
「神威大好きー!!」
…プツン。
俺の中の、なにかが切れた音がした。
「それじゃあね!…ってあれ?」
まわした腕に力をこめる。
「…今日は帰さないから」
「…は!?」
太陽に頭突き
(あんたが悪いんだからね)
(えぇ!?)
Thanks.花鈴さま