「よォ…久しぶりじゃねェか」


月明かりの下、ゆらりと揺れた紫黒は最も過激と称されるその名を伏せて、静か
に佇んでいた。
旧友の突然の登場にも私の頭の中は至って冷静で、再会は攘夷戦争の終わり以来
だと過去を思っている。


「捕まりに来たの?」

「クク…しばらく見ねぇうちに随分と言うようになったなァ」


彼は攘夷派の人間、私は幕府の人間。例え共に戦った仲間との念願の再会だった
としても、私は彼を捕らえなければならないのだろう。

――でも今は話をさせて欲しい。何年たっても、どんなになっても、彼が私の意
中の人だということは変わらないから。


「ずっと江戸にいたの?…最近は京にいるって聞いてたけど」

「あァ。部下どもは京にいる」

「は?何で来たの」

「お前に呼ばれたんじゃ、来ねェわけにもいかねーだろ」


呼んだ?私が、晋助を?
そんなはずはない。いきなり何を言い出すんだこの男は。


「私は晋助なんて呼んでないわ」

「そりゃあお前ェが気付いてねェだけだ。己の中の、黒い獣に」

「黒い…獣?」

「そいつは血を吸いてェとうずうずしてるぜ……侍を斬り捨てた幕府のなァ」



少しだけ、体内の血液の流れが速まった気がした。



「てめーの獣が自分の居場所はここじゃねェ、と呻いてる声が聞こえんだよ」

「そんな訳無い。晋助と一緒にしないで」

「俺ァ明日まで江戸にいる。一緒に来たかったら、来い」

「え…」

「安心しろ。間抜けな幕府でも分かる場所にいる。クク…待ってるぜ」


じゃりじゃりと、私の後方で地を踏む音がしたと同時に、晋助はにやりと不気味
に微笑んで月明かりも届かぬ闇へ消えていった。


「おい、今…」

「……高杉晋助に間違いありません!隊長、すぐに局長と副長に連絡を!直ちに
出陣すべきです!」

「んなこと言われなくても分かってらァ。野郎が出て来るなんざ、珍しいことも
あったもんだねィ。……お前何か話したか?」

「……いえ」


晋助を捕らえることに、何も迷うことなんてない。晋助が何と言おうと、私たち
の敵であることは分かりきったことだ。





隊長の進言で、まず監察方が動いた。晋助は嘘をつくような人ではないと思って
いたが、本当にあっさりと裏は取れたらしい。


「いくぞ」


そして今まさに出陣の時。高く聳える建物の最上階に、まるで私たちを見下すよ
うに晋助が姿を現した。


「高杉ィィィ!!!」


晋助は私たちを見てるんじゃない。私を、見ている。私の中の獣の姿を、見透か
している。


「……っ」


前に晋助と会った時以上にどくどくと高鳴った鼓動が、刀を握るのを拒ませる。
今までずっと手にして来た刀が、突然汚らわしいものに見えた。


「裏は2番隊と3番隊、4番隊が固めてる。河上万斉らがいない今、奴は袋の鼠
だ」


聞こえない。何も。聞こえるのは有り得ないスピードで波打つ鼓動と、獣の、こ
え。


『殺セ、壊セ』


「………こ……せ」

「おい、どうかし……うわあああ!!」


暴れちゃいけない。分かってるのに、体が勝手に動く。

こいつじゃない。そう思うのに、切っ先は目の前の仲間たちを求める。


僅かな私の抵抗も届かず、私の体は漆黒を殺すのを止めなかった。



『こいつらは私の敵』



体が動くままに人を殺すうち、どれが真か偽りか、どれが善か悪か、識別出来な
くなった。


「……仲間の仇を。奴らに同じ…苦しみを」

「おま…え……何、で」


局長の開ききった瞳に写っていた私は、狂気に溢れて血に塗れて、人間じゃなか
った。
理性を噛み切られ、刃文の流れに沿うようにべろりと血を舐めるその姿は


『そりゃあお前ェが気付いてねェだけだ。己の中の、黒い獣に』


晋助の言う通りの、獣



「晋助の邪魔、しないで」



狂って笑って空の中
(それは、確実にいた)
(私の体の奥に)





Thanks.上谷さま