気付いた時には
既に体が浮いていた。

無風にして無臭。

無限に白さが広がる空間に、私と団長だけが色を持ち、浮遊している。
ふわふわする浮遊感だけが現実的で、後は何もかもが不確かだ。

私達はついさっきまで何をしていたんだっけ。本日の任務は珍しく団長が乗り気で嫌な予感がしてたことだけ思い出した。それ以上は何も思い出せない。


「私は何でこんなとこに浮いてるんですか」


多分こんな状況になり、目の前に誰か居たら誰もがこの台詞を口にするだろう。私はいくら春雨の端くれと言っても、原理無く浮遊出来るなどと言う愉快な特技は持ち合わせていない。

と言うことはやはり。


「死んだから」










例えば

宇宙が偽物だったら














嗚呼、そっか。やけに淡白な答えには淡白な感想が生まれた。
実は団長が答える前からわかっていたことだったけど。

ふと腹に手を当ててみると……あーら、本当だ。お腹にバッチリ風穴開いちゃってますよ、コレ。


不思議と痛みも悲鳴も涙も無い。
死とは想像していたより透明だ。



「つか団長も死に掛けてるんですか?」
「そうなるね。でも俺はあと数分で目が覚めるよ」
「二人して同じ状況なのに、何で貴方だけ」
「夜兎マジック?」
「意味不明です」



隊長の言ってる根拠はよくわからないけど、彼だけが息を吹き返すのは何となく理解出来た。同時に私がもう二度と目覚められない事も理解する。

だが私にとってそんなことはどうでもいいのだ。

死んだ瞬間のショックが余程大きかったのか、先程から朝食以降の記憶が無い。

そちらの方が衝撃が大きい。

どんなに暴力を振るわれても、仕事をしてくれなくても、私は団長と話す一瞬一瞬を大事に生きている。今となっては生きてきた、だが。それなのに生前最後に彼が私に与えてくれた言葉が思い出せないなんて、あんまりだ。


「私どんな状況で死んだんですか?」
「死ぬ直前くらい怖い思いをしなくたって良いだろ」
「やっぱり私、酷い状況で死んだんですね」
それっきり押し黙ってしまった。

普段はこの後団長が私に蹴りやら拳やら要らないプレゼントをされるのだが今回はそれが無い。彼なりの気遣いなのだろう。











「ねぇ喋って」
「何をですか」
「何でも良いから」
「随分と無茶振りをしますね」


こちらは死にそうなので逆に土産が欲しいくらいなのだが。
呆れたがこれがきっと団長とお話出来る最後の機会になるだろうから、今言いたい事をぶちまけておこう。

団長に叩かれ過ぎた所為で、右の後頭部には常にタンコブが出来ていること。
仕事してくれなかったこと。仕事してくれなかったこと。
実は一回団長が楽しみにしていたお菓子を内緒で阿伏兎さんと食べてしまったこと。
団長が取引先の人を殺してしまったこと。その後処理がどれだけ大変だったこと。

気付いたらただの暴露大会になっていた。
でも団長は何もしてこない。
ただ、聞いていてくれる。



「図星突かれると暴力で解決しようとするくせ、直してくださいね」
「何かまるで口煩い姑みたいだ」
「せめて嫁という位置で居させてくださいよ」



「ああ、はいはい」と適当に流されてしまった。
これが精一杯の告白だったんだけどな。



「もっと」


…私がね団長に言われて一番嬉しかった言葉があるんです。
入団当初、翼が無くても空が飛べたらいい。私がそんなことを言ったら貴方は笑っていましたね。団長。


「何か」


そんなものお前には要らないよ。と言ってくれましたよね。


「言って」


…あれ。その続きが重要なのに……私、団長に何を言われたんだったっけ?思い出せないなぁ。まぁ、いっか。あと団長に言わなきゃいけないことは。


「ねぇ、声が聞こえない」


あんまり阿伏兎さんをイジめ過ぎないでくださいね、かな。
あとは…。あとは…。

あとはまだ私隊長に「拾ってくれてありがとうございます」が言えてないのに互いの体が…。

そうか。
消えたら痛みや苦しみも消える代わりに、涙も思い出すらも無くなってしまうのか。
私は果たして笑えているのだろうか。


「ねぇ、お願いだからもっと喋ってよ」


でもごめんなさい、団長。
もう無理です。


嗚呼、この瞬間よ。
偽物となれ。





Thanks.かえいさま