ざっぱぁん!なんて言う、厭な音。おっと、と音のする前に声が聞こえたあたり、まさか。出入り口へ向かっていた足を止めて、嫌な予感を感じながらくるりと振り返る。とある光景を目にした私の頭は些かの頭痛を訴えた。

神威がプールではしゃいでる。(なにしてんのアイツ)
髪に張り付いた水滴が太陽の光のせいでキラキラしてて、おさげは楽しそうにふわりと跳ねる。私は持っていた掃除ブラシを右手にぎゅっと携えて、プールサイドへ走り寄った。



「なぁにしてんだてめぇぇえ!!!!」

「滑った」



語尾にハートなんて気持ち悪い装飾をつけながら私に向かってニコリとする。不覚にもどきりとしたけれど、ええい騙されるでない私。頬が熱いのは日差しのせいだ。
あーあもう、洗ったばっかなのに!水入れたばっかなのに!つーか、ジャージのまんまプールに飛び込むなんて馬鹿じゃん。あ、滑ったんだっけ。落ちたからには全部一緒だよね、私は気をつけなきゃ。黙々と考える。「そういえば俺一番乗りー」嬉しそうな声色ではしゃぐ神威の声で我に帰って、呆れを含ませた声で私は言った。



「ちょっと神威、早くあがって!お昼終わる!」

「いいじゃん、一緒にサボろうヨ」

「却下。私は君と違って良い子なの」



プールの掃除当番がコイツとじゃなきゃ私はもっと早く終われたのに…。あれ、何でだろうまた頭痛くなって来た。こめかみを人差し指で押さえて頭を垂れる。



「どっかの親父みたい」

「花の女子高生になんて事を言うか」

「…あれ、帰んの?つまんなーい」

「つまんなくて結構。一人で遊んでればいいよ」



くるりと方向転換をして、ブラシを引きずりながら再び出入り口へ向かった。ああそういえば5時間目って現社だったなー、プリントやったっけー土方に答え合わせさせてもらおうなんて呑気に考えてたら背後からばっしゃあん!なんて言う、厭な音。キラキラとした水の泡が私の目の前に大量に降りてきた。その光景がスローモーションで私の脳へ伝えられる。「…え」瞬時現実に引き戻され、全身が水で濡れていることにようやく気付いた。



「神威てめぇええ!!!!」

「わー、面白いくらい濡れてる」

「しね!溺れてしね!」



ぐるんと力強く振り返って神威目掛けブラシを槍投げをするように投げ飛ばした。(あっ避けやがった!)
なにコイツどんだけ腕力強いわけ!水どんだけぶっ飛ばしやがったの!
頭から爪先まで濡れてしまった私を見て馬鹿笑いする神威にふつふつとした怒りが込み上げる。何か罵倒してやろうと口を開きかけて、止まった。プールから私を見上げてくる神威の瞳が綺麗なマリンブルーの色をしていて、開眼しているのを見たのはそういえば初めてだと思い不覚にも見とれてしまったのだ。



「(…月、みたい)」



とても綺麗な蒼色をした、満月。よく紅い月とかあるけど(例えば沖田の瞳のような居たたまれないくらい怖くて、でも凄く綺麗な月とか)、こんな色もあっていいんじゃないかとふと思った。ミステリアスだけれど、ロマンチックで素敵かもしれない。手を伸ばせば溺れてしまいそうだった。
しかし雰囲気なんて持ち合わせてない桃頭は私を見て言うのである。



「なに、惚れた?」



ぶち壊しだ。神威の野郎め、マジで溺れちまえ。むしゃくしゃして不細工とかどうでもいいからあっかんべぇと舌を突き出した。神威はポカンとした後にあはは!と笑い、ばしゃばしゃと近付いて来たかと思えば私の足を掴み(冷たッ!)、私がよろけたのを良いことにジャージの裾を引っ張って来た。なんて素早い奴だ。じゃなくて、ちょっとこれ、私までプールに…!



「ちょ、え…っ!」

「みちづれー」



あああプールサイドに立たなきゃ良かった!
また、スローモーション。徐々に前のめりに体制が崩れて、太陽の光りを反射して輝きを放つプールの波と、青い満月が近付いた。吸い込まれるようなその青に、私は音を立てて落ちたのだ。




に落下






Thanks.妃杏さま