雨が降る、嫌な天気。
お昼なのに、どんより暗い空。

こんな寒い日は、布団にでも包まって寝たい、というわけで。



「ねーオジサン、あたしのこといくらで買ってくれる?」



適当に目に付いたオジサンに、そう声をかけた。

屋根のあろとこに行くには、これか一番手っ取り早い方法だ。
もう汚いあたしの神経や身体なんてのはとっくに麻痺してて、それに伴う行為に関しては、何にも感じない。
とにかく、雨と寒さから逃げられるのなら。


あたしの声に振り返ったオジサンは、なかなか格好良かった。
金髪だし、肌が白い。
あまり見かけないタイプのオジサンだ。
こんな汚くて物騒な町にいるのが不思議なくらい。

この調子じゃ、奥さんやら愛人やらが沢山いて、事足りていると言われてしまいそう。でも、とりあえずまだ事態を把握できていないらしいオジサンに、ダメ元でもう一度声を掛ける。



「ね!いくらで買ってくれる?別に100円とかでも平気だってば、ビビんないでよ。あたしはただ屋根あるとこ行きたいだけなんだから。」



オジサンは一瞬、驚いたような顔をしたけど、すぐに呆れたような顔で溜め息を吐いた。



「お譲ちゃん、いくつだ?」



何言っちゃってんの?と言いかけて、止めた。
オジサンがすごく自然な仕草で、その番傘にあたしを入れてくれたから。

このオジサンはやっぱり、この町にいること自体が不思議なタイプの人だった。
こんなあったかい優しさ、あたしは知らない。



「オジサン、悪いこと言わないからとっととこの町から出て行けば?」



「あー、そりゃ無理な提案だ。それよりお譲ちゃんこそ、こんなことは止めて家に帰るんだな。」



「家なんてないし。」



そう返すと、オジサンはバツが悪そうに頭を掻いた。

あたしは自分の身の上を不幸だなんて思ってないんだし、オジサンもそんな顔しなくて良いのに。


すると、突然手首を掴まれ、引っ張られた。
「何?」と聞いても答えはない。
仕方なく黙ってオジサンに付いて行くと、近くの宿屋に到着した。


あらら、結局何だかんだ言ってやることはヤるんだ。
って、何であたしちょっとショック受けてんだろ?
最初からそういうつもりだったでしょ、屋根のあるとこ行ければ構わないって思ってたじゃん。


部屋に着くと、オジサンはあたしを座布団に座らせ、真っ先にお風呂へ向かった。

先にシャワー浴びるのかな、なんて考えながら、雨風は防げたはずなのに、何だか寒いことに気づいた。
分かってる、心が寒いんだ。
相手がシャワー浴びるときはいつも、こんな生活いつまで続くんだろうって思う。終わりの見えない闇が怖い。
明けない夜なんてないって、そんな言葉信じられないよ。

ぽふっと突然頭に重みを感じ、驚いてあたしは顔を上げた。



「お譲ちゃん、寒かっただろ?風呂入って温まって来たらどうだ。」



いつの間に、こんなに近くまで来てたの?そこには、あたしの頭を撫でるオジサンがいた。

シャワーを浴びていただわけではなく、お風呂を溜めていたらしい。
しかも、あたしのために。



「オジサン…。」



「阿伏兎だ。ほら、冷めねェ内に入って来ちまえよ。」



阿伏兎の穏やかな笑顔に、不覚にも泣きそうになってしまった。

何なの、おかしいよ。
何であたしに優しくするの?
阿伏兎に得なことなんてないよ、さっさと抱けば良いじゃん、こんな風に温かく接されたら、つらくなるよ逆に。


あたしがお風呂から上がると、阿伏兎は布団で横になっていた。
半分スペースを空けてるのは、あたしのため?

やっぱり「来いよ。」と言われたので、あたしはおずおずとその布団の中にお邪魔した。
あったかい…。


ずっと阿伏兎があたしの髪に触れ、優しく撫でてくれた。
何だか、寝ちゃいそう…。



「阿伏兎、寝ちゃうよ…?」



「あァ、寝ろ。」



阿伏兎の低くて優しい声が頭の中でやけに響いたような気がして、安心し切ったあたしは、そのまま眠ってしまった。




―…




雨は、夜になったらすっかり止んでしまった。
雲もあまりなく、お月さまや星が夜空にきらめいている。



「阿伏兎、ありがとう。何だか久し振りによく眠れた。」



結局阿伏兎は、あたしに何もしてこなかった。
ただ、同じ布団で寝ただけ。
あの温かい布団を、阿伏兎のぬくもりをあたしはまだちゃんと覚えている。
冷たい夜風が気にならないのはきっと、心が温かいから。



「あの、よ…」



阿伏兎は少しだけ困ったように微笑むと、夜空を見上げた。
どうしたんだろう?
あたしも同じように空を仰ぐ。



「お前さんの人生は、いくらで買えるんだ?」



「…は?」



「俺と一緒に、宇宙に来る気はねェか?」



「…は?」



言ってることの意味が全く分からない。
宇宙?宇宙?宇宙?
あたしの人生を買う?
それって…。



「プロポーズ?」



「お前さんのすきなように解釈してくれて構わなねェさ。プロポーズだろうと、保護者志願だろうと。どうする?宇宙行くか?」



にやり、と阿伏兎はあたしを見て笑った。それこそ、どっか遊びに行くか?みたいなノリで宇宙だなんて。

でも、気づけばあたしはその胸に飛び込んでいた。





水面に宇宙



足元の水溜りには、月が映っている。
もしかして、宇宙ってこの水溜りから行くのかな?
まさかそんなわけないよね。

この空の上なんてどんな所か全く想像できないけど、確かに阿伏兎の胸の中で、夜明けの音を聞いたんだ。




Thanks.夏澄さま