#7



「ん。」
荒木は俺じゃなく御鷹にノートを手渡した。主人からようやく許しを得た犬のように御鷹が甲高い歓声を上げる。
その丸く大きな目をきょろきょろと動かし、ノートを見て可笑しそうに肩を揺らし、俺を見てまた声を上げて笑った。

「正田ぁ、どもりがお前らのこと「野球バカグループ」だってよ!最近調子こいてるってコメントつき!」
ノートはまるで白い鳥みたくバサバサと俺の目の前を横切り、そうして正田の群れの足元に落ちた。
傷つき破れたノートはまるで本物の鳥のように痛ましい様でそこに横たわる。
もしノートに表情があるならきっと俺に助けを求めていただろう。
けれど俺にはどうすることもできない。できるわけがない。

正田の周りにひとだかりができる。王様の許しはもう出てる。遠慮なんてするわけがない。

件の個所を見つけた正田がニキビの目立つ頬をみるみる紅潮させ、こちらをきつく睨みつけた。

「一番底辺が空欄じゃん。」


すっかり埃で汚れたボロボロになったノートが俺のもとに戻ってきた。
胸元におしつけられたソレはもう俺のものじゃないみたいだ。

「あ〜マジだ。空欄埋めなきゃ、ブタ原早く埋めろよ。」
「・・・・」
「ほら、早く書けよ。俺達が正解かどうか見てあげるから。」

周りを見渡す。
誰かが助けてくれるかもなんて思ってない、そう言い聞かせたってやっぱりどこかで期待してたんだろう。
平均点の奴らも、その下の奴らも頂点の奴らの手の及ばないところへ避難している。
ライオンに首元を噛みつかれクタリと抵抗することをやめたガゼル。
群れの仲間は気の毒そうな顔をしながらも今さらそれを助けようとはしないだろう。

もっとも俺は平均的で糞詰まんねえバカ達の群れにさえ入れない。

俺は最後に荒木を見た。荒木はもう俺を見ていなかった。窓から身を乗り出し、暗く濁った空を見上げていた。

三角の一番下に自分の名前を書く。
その字はいびつに小さい。
田原祐亮(タハラユウスケ)

これが俺の、名前。


俺の名前だ。


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