#6
荒木は、男に馬乗りになり高い位置から何度も拳をその顔に振りおろす。
何度も、何度も。
正確なリズム。
男がやめてくれと血だらけになりながらもがくのに、荒木はやめなかった。
その拳は血にまみれ、その袖もみるみる同じ色に染まっていった。
それでも荒木は男を殴り続けた。時折「だってセートーボーエーだもん。今やめたらこいつ殴りかかってくるだろ?こわぁい。」なんて周りで立ち尽くす奴らの顔を眺めながら笑ってたっけ。
不良たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げていき、ピロティーはいつの間にか荒木の一人舞台になっていた。大勢の生徒が自分を見ているにも関わらず、
「ふあぁ」
あくびを一つ。
ほどけた靴ひもを緩慢な動作で結び直した後、返り血が飛んだ頬を伸びきった袖で拭い、「あー汚れちゃった。」と眉を下げ肩をすくめた。
すりすりと猫のように自分の赤くはれた頬をその袖で擦る。
強面と評すべきその顔が、その時は、なぜか子供のようにいっそあどけ無く見えた。
「なあ。」
荒木が俺を見て両手を擦り合わせる。あの時と同じように。
「ブタが跳ねてんの。超きめぇんだけど。」
俺の机の上に広げられていた筆記用具やグラマーのテキスト、携帯を当然のように床に払い落した後、荒木がでかい身体を窮屈そうに折り曲げ、どっと腰掛ける。床に落ちた携帯の液晶はひび割れていた。
「なんだろ〜これ。俺の名前もあんね?」
パラパラと荒木の色素の薄い特徴的な色の瞳が字面を追う。
教室中がいつの間にか静まり返っていた。荒木の、王様のご機嫌を損ねないよう王様が「お楽しみ」の時は喋ってはいけない。このクラスで過ごすためのローカルルール。
「ひえらるきー?」
荒木が口中で呟き、俺を見てもう一度「ひえらるきー?」と言った。
頷く。許してくれることを期待して。でもその期待は平生から叶ったことは無い。
荒木が俺の横っ面をひっぱたく。後ろから膝を蹴られ、また床に額をぶつけた。
「う、ぐぅ・・・」
「マッシ、ひでえ、子豚ブーブー泣いてんじゃん。」
顔を隠そうにも、荒木の金魚のフンの御鷹(ミタカ)が手加減などなしに俺の髪をわしづかみ無理やり上を向かされた。
御鷹の言うとおり、俺の視界は涙で滲んでいた。まるで雨に打たれた硝子戸のように見えるもの全てが濁っている。
「うぅう・・・」
離して、そう叫びたいのに口が舌が渇いて声が出ない。ますます俺の髪を掴む力は強くなっていく。
耳のすぐそばからブチブチと嫌な音。
頭皮を削るような鋭い痛みに手足をせいいっぱいバタつかせ、ひーひーと豚そっくりの悲鳴をあげた。
「きめぇな。マジで。」
俺のこの必死の抵抗は王様のご機嫌をすっかり損ねたようだった。荒木がオーディエンスとして突っ立っていた相川の飲んでいた紙パックをひったくり、その側面を俺の頭上でぐしゃりと潰す。
生温い感触。牛乳の生臭い。
「うぅわ、顔射みてー。俺、汁だんゆー?」
眼鏡は既に役に立たなかった。
もう痛い目に合うのは嫌だ。
俺は身体を固くしてなるべく透明になるように努めた。祈る様に小さく小さく体を丸める。
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