#5
この学校はスポーツ特待生が多い名門校として有名だ。しかし、一方では金さえつめれば小学校から大学までエスカレータ式にレールを用意してくれる「馬鹿の温床」としても名高い。
そして、ここにまつわる悪評のほとんどがこの男にかかわるものだった。
金持ちの子供が集まるここだけでなく、周囲一帯の不良ばかり集まった高校の奴らでさえ比肩するものがいない男。
荒木雅士。
どこを切り取ってもその印象は激烈だった。
体格が高校生の平均を逸脱して大きく、その猛禽類にも似た険しい容姿は、周囲と自身を隔絶させていた。そのファッションも生徒たちの関心事だった。着古したせいか伸びきりほつれの目立つベージュのカーディガンは袖だけがひどく汚れている。赤黒い染み。
相手を殴った時の返り血。
袖が拳を覆うくらい伸びきっているのでどうしてもついてしまうらしい。
そんなわけがないと思うかもしれない。けれど俺はそれを実際この目で見たことがある。
夏から秋へとじわじわ移り変わる肌寒い時期。
ピロティーでの出来事だった。吹き抜けのそこは見世物には格好の場所で、窓という窓には大勢の生徒達が固唾を呑んで貼りついていた。
「てめえ!舐めてんじゃねえぞ!!」
「・・・え?そんなつもりないけど?」
荒木雅士は、ピロティーで待ちかまえている男を二階の窓から見下ろしうすら笑いを浮かべていた。
「好き放題やってるみたいだけど、俺らのメンツ潰してタダで終われるわけねーだろーが。」
「めんつ?」
相手の恐らくリーダーである男は唾を飛ばす勢いでがなる。
「びびってんだろ!今なら土下座すれば・・・」
でも、その声は一時停止された。カチリ。「
||」
荒木は二階の窓から、十数人の群れの中心へと飛び降りた。
きちんと足先を揃えられた黒いVANSのスニーカー。
奇麗な着地姿勢のまま目線を上げる。
「10点?」
バネのようにすっくと背立ちあがり、その背のでかさ、体の厚みに怯んだ周りの人間を「視線」だけで蹴散らし、リーダーの男と対峙する。
多勢に囲まれ、それでも怯みも無く退くこともせず、いつも通りの猫背のまま、相手を見て笑っていた。そして袖が伸びたまま、爪先さえも少ししか見えてない両手をスリスリと擦り合わせる。
楽しみを待ちかねている時の荒木の癖。
不気味なその態度は相手にとっては予想外だろう。けれど、奴らも多勢で来て尻尾を巻くわけにはいかない。
リーダーの男が、勢いのまま一発、荒木の頬に食らわせた。
それからの顛末は、今思い出しても恐ろしい。
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