#12


いつも通り灰色の教室。俺は隅っこの席でできるだけ体を小さくしていた。数Uの教科書の訳の分からない数式をなんども目でなぞる。

教室の中心では御鷹がバカ笑いをしながら、毛虫をまつ毛の上に載せてるようなひどい化粧の女を後ろから抱きしめていた。女は悲鳴を上げながらもその腕を振り払わない。

「なあ〜そろそろヤラセてよ〜いいじゃん俺優しくするしー。」
「え〜だって御鷹、サーヤの彼氏でしょ?うちとやったのばれたらヤバくない?」
「大丈夫だって俺口すっげー固いし。」
「え〜んと、どーしよっかなあ。」
御鷹の周りにいつのまにか正田達も集まっていた。

荒木はまだ来ていない。そうなればクラスの頂点は御鷹だ。いつもより数倍調子に乗ってるのが誰の目にも明らかで。でもそれを誰も指摘しない。御鷹のバックにはあの荒木がいる。御鷹に逆らうのはハイリスクノーリターン。これもこのクラスのローカルルールだ。

「ねーマッシは?うちら、マッシとカラオケ行く約束してたんだけど〜。」
「マッシは気分屋だもん。今日はもう来ないんじゃねえ?」
「え〜!そんなぁ、ずっと前から約束してたんだよ。」
「俺行くし、俺めっちゃカラオケ上手いし。アラシもワンオクも歌えるし。な、俺といこ!そんでエッチしよ!」
御鷹がその中でも一番巨乳の女の手を無理やりつなぐ。
でも、女は「私はマッシと約束してたんだよ。触んな、カス」とうざったそうにその手を振り払った。

完全な拒絶。
御鷹がその巨乳に対してかなり本気なことは周知の事実だった。他の女に声をかけるのも、気を引きたいんだろうなと正田が言いふらしてたのも知ってる。

「御鷹、まじうぜ―。」
巨乳はそれでも容赦なく追い打ちをかける。もう一回手をつなごうとする御鷹の膝にローキックを入れ、もう一度「ウザい」と繰り返した。
容赦なく面前で振られた御鷹は蹴られた足を抑えながら「そんな嫌がらなくてもいいだろ?」と声を震わせる。
お手本みたいな振られ男の展開に、周りにいた奴らも堪え切れず噴きだした。


つい。
そう、つい。
つられてしまった。
教科書で口元を抑え、笑う。

対角線上の一番隅だから見つからないと思った。

けれど、五秒にも満たない時間を置いて、そっと顔を上げたそのとき、バチリ。

視線がかち合った。

御鷹は色の白いの頬を真っ赤にさせたまま俺を睨みつけていた。

「おい、ブタ原、何笑ってんだ?」
声を出さず首を振る。けれど、御鷹は俺の襟首をつかみ、力いっぱい引き倒した。顔を腕で庇う間もなく、頬を拳で殴られる。
火花が散った。

やめてと言おうにも口を開く前に殴られ、舌を歯で噛んでしまう。
ようやく腕で顔を庇えたと思ったら、今度は腹に爪先を力任せに入れられた。ぐぅうと昼に溜めたものが喉までせりあがる不快感。

「何笑ってたんだ?そんなおもろいことあったなら俺に教えてくれよ。なあ。」
何度も何度も爪先で腹を蹴られる。髪を掴まれ、床に頭を打ち付けら手、呻けばまた拳で殴られた。

「マッシってなんだかんだ言って、手加減すんだよなあ。お前みたいなクズにはさ、本気でやっても面白くないって。でも今日はあいついないし、俺がたっぷりお前の根性鍛えてやるっよ!!」
ドンという鈍い音とともに腹に拳を入れられる。
「はは!すっげえ腹。これじゃあ、パンチ効かないんじゃねえの?どう?!」
もう一発。
ドッ!
「・・・っぐうぅ!!!」

今、こいつは何て言った?
荒木は手加減してた?
確かにここまでひどくは無かった。ここまでの痛みもなかった。
でも、それが本当なら、
どうして。だって。なんで・・・
なんで・・・荒木は加減をしてたんだろうか?俺なんかに、どうして、だって、荒木は俺のこと・・・

ドッ!
「ぎゃ!!」
「おい、何余所見してんの?分かってる?今のお前の立場。この痛み、ゲンジツだから。」
ドッ!

御鷹は本当に容赦がなかった。歯が痛い。顔が熱い。腹が痛い。

床に血の水玉ができる。
それが自分のものだと思うと、恐ろしくてたまらなかった。

「何とか言えよ。なあ。」
このままじゃ死んじゃう。殺される。

どうにか逃げようと机にしがみつけば机が倒れ、俺のかばんの中身が四方に散らばった。

そうして、

俺としーの物語が。

汚いワックスまみれの床に、二人の世界が広がってしまう。

二人きりの物語が暴かれてしまう。

慌ててその原稿の上にのっかり、覆い隠す。けれどまた腹に蹴りを入れられ、その中の一枚が御鷹によって拾い上げられた。


「あ〜〜?・・・うわ、きっも、お前漫画描いてんのかよ?オタクすぎんだろ。」
そう言って御鷹が日に透かすように原稿を更に高くつまみあげる。

竜とたたかってるしーとそれを後ろから助ける俺。
「笑えるwwwこの変な妖精みたいなの出してるのってお前?イケメンに描きすぎだろ。贅肉どこに行ったんだっつーレベルだって。」
いつもなら家に置いてた。でも今日はこのページを縮小コピーするためにコンビニに寄る予定だったから・・・だから・・・

正田達も散らばった原稿を拾い集め騒ぎ出す。
喧噪の中、誰かがぽつり口にした。

「・・・なあ、この傷だらけの男ってさあ。」





「荒木じゃねえ?」






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