#9

ガリガリガリ・・・
カリ・・・


深夜。四畳半の狭い俺の部屋はインクの匂いで充満していた。
高校に上がっても「しーと俺の物語」はまだ完結していない。
もういくつもの国を一緒に旅したし、たくさんの悪魔を二人で倒した。時にはしーが死にかけることもあった。俺が海の底の世界に閉じ込められてしまう事もあった。でも、それでも、二人は長い年月をかけて再会を果たすんだ。

漫画を描き始めた当初二人は少年だったのに、いまじゃ青年を経て立派な大人へとさしかかっていた。
けれど二人は相変わらずたまにドジを踏み、たまに人を助け、たまにその国のお姫様に恋をして取り合ったり振られたりして、旅を続けていた。

原稿用紙はもう引き出しの中じゃ納まりきらなかった。
平積みにされた原稿の束が俺の部屋の三分の一を占領している。
でも旅はまだ終わらなかった。

終わらせたくなかった。
終わらせたくない。終わらせたくないんだ。
カリ・・・・
その世界のしーはいつだって笑顔だ。
俺の大好きな笑顔でそこにいる。

背景を書き込み、影にトーンを貼り終わった後、気合いを入れ直す。
ラフしか描いてなかったしーの顔。ここの作業は他の所よりずっとずっと丁寧にしないといけない。
少しでも納得いかないときは1ページまるまる書き直さないといけないし、何より俺がそうしたかった。

しーの顔には傷がある。右頬から左目の下まで一直線に走る縫い傷。左耳の下から首筋に添うように広がるケロイドの跡。
しーはそれをコンプレックスに思っていた。いつだって帽子をかぶり下を向いてた。
でも俺には歴戦の勇者のように見えた。だから漫画の中でも特に念入りに描いた。かっこよく見えるように、しーが笑ってくれるように。

「ゆう、漫画の中の俺すっごいかっこいいな。俺、この傷すごく嫌だったんだ。女子は怖がるし、大人の人も凄く変な顔するから。」
でも、漫画の俺見てたらすごくカッコよくなってる。そう言った後、しーは俺に秘密を打ち明けた。大きく重く、暗いしーの秘密。


しーは子供にしては掘りの深い整った顔をしていた。
しーが帰り道に寄ったコンビニで雑誌の表紙を指さし笑う。これ俺のお母さん。有名なハーフのモデルが真っ赤な唇と白いワンピースでポーズを取っている。
今は家にいないんだけどね、たぶんもうすぐ帰って来てくれるんだよ。だってお父さんがすごくさびしがってるんだもん。だからきっとすぐ帰って来てくれる。

しーの父親は元プロレスラーで、一時期はバラエティー番組なんかにもでていたと思う。でも靭帯を痛めて引退となってからどうなったのか知らない。

しーのその傷が誰につけられたのかなんて、子供の俺にもすぐに分かった。ちょっと小突いただけじゃない。思いっきり痛めつけるためにやらないとあんな大きな傷はできない。

しーを見るたび増える傷を俺が心配しても、父親を詰っても、しーはやっぱり笑顔だった。
お父さん、ほんとはすごく優しいんだよ。今は少し寂しいだけ。お母さんが帰ってきたらもう寂しくないから俺のこと打ったりしないと思う。それまでもうちょっと我慢すればいいだけだから。

そう言われて、子供の俺ができることなんてたかが知れていた。しーが自分の手じゃ届かない背中の傷を手当してやったり、しーが家から閉め出されたら許してもらえるまで一緒に外で待った。



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