#6

正月特番で毎年テレビで流されている光景が見慣れたはずの校舎を全く違うものに見せていた。
極彩色あふれる牛車。その周りを取り囲む徳川の家紋、三つ葉葵を掲げた旗。
古の言葉が連なる歌。

鈴の音がリズムよく打ち鳴らされ、「下へ〜〜下へ〜〜」合間に打たれる銅鑼の音に耳を塞ぎながらソウゴが人さし指を立てる。

「ぶさいくに千円。」
「あ〜千五百円。・・・忠道君は?」

「・・・・」
初めての「幕府」にチカが珍しく声まで上げて笑う。けれどその表情はすぐに固くなった。振り返った先に忠道がぼうっと突っ立っていたからだ。
「忠道君?どしたん?気分悪いん?」
「いや・・・だいじょぶ。」
全然大丈夫そうじゃない。
うつむいたままのその顔を覗き込む。らしくなく、眉がハの字に下がり、鋭い目がきょどきょどと彷徨う。
朝の天気予報は「例年にない猛暑日。」太陽がまだてっぺんにまで昇りきってないものの、地面からじりじりと反射熱が照り返してくる。もしかして熱中症かもしれない。と少し伸びをしてその太く逞しい首筋に手を当てると、ひやりとしていた。
「忠道くん、保険室行く?」
忠道はゆるりと首を振り、いつもはまっすぐに伸びている背筋をぐっと曲げる。そんなことをしても大き過ぎる身体が急に小さくなるわけもないのに。
いつにないその態度に、ソウゴも心配そうに、持っていたペットボトルの水を差しだす。
「まだ口つけてないし、忠道君にあげる。」
「ありがとう」とそれを受け取るもその笑顔は固いまま。



「頭がたかい!若様の御前であるぞ!!下へ〜〜!!下へ〜〜」
まるで波がさざめくように全校生徒・教師達が一斉にその場に跪いた。



けれど、チカもソウゴも様子がおかしい会長様のことで頭がいっぱいだし、当の会長様は自分の顔をぺたぺたと確めるように指先でなぞってはなにやらぶつぶつと自分にしか聞こえない声で繰り返していた。なので、当然三人は突っ立ったままで、「波」の中の不調和は壇上からはひどく目立った。

「聞こえないのか!!!この無礼者!」
行列の中にいた侍が「不調和」を責め立てに肩を怒らせ近づいてくる。気の短いことにその手には抜き身の刀。勿論そんなものに怯むわけもないソウゴが啖呵をきった。
「うるせえな!!!こっちは病人がいんだよ!俺らの税金で飯食ってる分際で大口叩くんじゃねえ!!」
「な!?お上になんという暴言・・・っ」
顔を真っ赤にした侍従達が、三人の周りを取り囲む。
「御前では、帯刀を禁ず!!さっさと刀をよこせ!!!」

「それマジに言ってるんですか?俺らは侍ですから刀外したら、死ななきゃならんので、外せません。」
と刀に刻まれた家紋を向こうに見せつけた。那珂川家は三つ寄せ横見梅、石神家は三つ柏に六の剣。どちらも日本人なら一度は目にしたことのある有名な家紋だ。
「な、那珂川家と石神家だと?」
真っ赤な顔がみるみる青に変わる。
那珂川、石神、そしてそれに従う幾人かの補佐達も、大江戸で知らぬものはいない大侍の血筋。そのために、教師達もそして理事長でさえチカやソウゴに決して強く出ることはない。
那珂川、石神ら一族が結託して、この学校を潰しにかかれば、ひとたまりもないし、
こうと決めた大侍が、政治家より性質が悪いのが世の理だ。
そして徳川幕府がこの国を治めていると言っても、「天皇制」がもう一つの日本と同じく定められており、幕府と皇室との間で、政治的にも経済的にも力のある大侍の綱の引合いが起こっているのも今に始まったことではない。
そして、最近では実質「政治」を取り仕切り景気、外交、もろもろ全てが失策続きの幕府への不満が噴出する一方で、「皇室」に傾倒する大侍も少なく無い。

天下の徳川幕府でさえも顔色をうかがわなくてはいけないのが大侍だ。

侍従達を煽るように、鍔を「ガチン!」と打ち鳴らし、揃って一歩踏み出した二人を止めたのは、今までその二人の後ろに(全く隠れていないけれど)隠れていた忠道だった。
二人の袖を引き、色の悪い顔で笑う。「だいじょぶだ。ほら、さっさと座ろーぜ。な。」と、その場に腰を下ろす。
夜遊びと不摂生のせいで貧弱なソウゴならまだしも、この二年近く風邪ひとつひいたことない忠道がこんなに弱っているなんて。これ以上、長引いては忠道の体調が悪くなるばかりだ。反幕府の犬だなんだとキーキー騒ぎ立てる侍従達の態度にいらついたけれどそんなことより、何よりも大事なのは忠道だ。

「抜けようか?俺らもつきあうよ。」
「いや、生徒会全員が抜けるわけにいかないだろ。しばらくしたら寮に戻るわ。」
だからそんなに心配しなくても良いと言われても、心を寄せる相手を放っておけるわけもない。
「心配するのは当然じゃろ」
一般生徒はおろか彼を恋慕う親衛隊でさえも氷の王子だとか、美しいお姿の中身は伽藍堂なのだとか噂する、副会長様。それが今、甘ったるいほど優しい声色で囁き、忠道の首筋に浮き出る汗を丁寧に手ぬぐいでとんとんと拭きとっている。まるで良くできた妻のようだ。

相手が自分に傅くのが当たり前、相手の気持ちなんて知りたいとも思わない、人を人と思わず玩具のようにさんざん振り回しもて遊んでは紙くずと同じようにポイポイと捨ててしまう。多くの人間を虜にする一方で、歩く暴君、人非人と揶揄される会計様もペットボトルのふたを開けてやり、日差しから守るように自ら日の方に座り、そして赤ん坊にするようにやさしくその背中をなでさする。
二人に懸想する者たちは悔しいやら悲しいやら。しかしその相手が、会長様なのだから諦めるほかない。

一方、舞台の上には豪奢な衣装を来た見目麗しい侍達がいた。恐らく若様の小姓だろう。そしてその真ん中にはさっきの牛車。
「今学期から、ここ、盛藍高校で、徳川将軍、徳川康永様のご嫡男・允只(みつただ)様が、君たちと共に学ばれる事になりました。同じ生徒だといっても、失礼の無いように。」理事長の挨拶が終り、牛舎の簾の影がゆらめく。
「皆と切磋琢磨しこの学校で共に成長していきたいと思っている。とのことです。」
めくられた簾の裾より出された紙片を読み上げる若様の小姓に生徒たちはぽかんと口を開けた。

「え?以上〜・・・みたいな?え?」
「・・・つか、もしかしてあん中から出ないっぽい?」
「そら出ないだろ。次期将軍ほぼ確定の国家最重要人が、正式な即位の前に顔見世なんて聞いたことないし。」
「じゃあどうやって共に成長するってんだ?」
「簾ごしにじゃねえ?」
若様の素顔目当てで集まった者たちが、落胆の声を上げる。
「俺ツイッターで「若様の御前うp宣言」しちゃったんですけどー」
「僕もだよ〜今いっぱい催促のリプもらってたのに〜。」
伝染するようにざわめきが広がっていく。しかし生徒たちの不平不満が聞きいられるわけもなく、早々に牛車は壇上から降ろされ、若様の挨拶はその御声も聞くことなく終了し、すっかり肩透かしを食らった生徒達も校舎に引き上げ始めたその時。



校舎の脇に植えられている木々の茂みが揺れた。
そこから飛び出す黒い影。
どう身を隠していたのか、壇上の後ろからも幾人かが踊りでる。


「倒幕派の刺客だ!!!若様をお守りしろ!」

派手な牛車は良い的だろう。
多くの生徒が蜘蛛の子を散らすように逃げだし、砂煙が上がる。
チカとソウゴはその波に巻き込まれないよう身を低くしながらも、牛車の方に走り寄り、ぐっと刀に手をかけた。

その目の前を、

銀色の一閃が走った。


牛車に一番近くせまっていた刺客の背を横にナギ切り、それに気付きすぐさま標的を牛車から「こちら」に変えた男の鋭く大きい鎌を刀で打ち払い、2メートルはありそうなでかい大男のわき腹に凄まじい速さで刀を滑らせる。


「忠道」のすべらかな頬に飛び散る。赤い色。

実戦経験もなく血を見たこともないチカとソウゴは初動の姿勢のままそれを茫然と見ていた。膝が震える。一瞬垣間見た刺客の目は何人も殺してきた「人斬り」の目だ。けれど加勢しなくては、大切な人が、忠道が危ない。
恐怖と焦りと忠道への思慕とが縺れよじれ混乱したままの身体を不格好なまま動かす。

けれど
「来んな!」
忠道にしては珍しい怒声に二人の身体は今度こそ氷のように固く竦んだ。無理もない。本来、若様を守るべき侍従さえも忠道の檄に何もできずに木偶の坊と化していたのだから。

忠道の剣から逃れた刺客たちが、それでも退かず、一斉に忠道に切りかかる。その中の一人の腹に痛烈な蹴りを入れ、もう一人にはその鞘で顎を打つ。
忠道のパープルと蛍光オレンジのスニーカーが、ソウゴの目にちらついた。


刃を敵方に向け突きこみ、後ろから掴みかかろうとする男の胸に流れるように鞘をドドっと突き入れる。と、同時に忠道の刀に合わさる大刀。

飛び散る銀色の火花。

鍔のない刀は純粋な押し合いでは、分が悪かった。
「く・・・」
ガチン!!と忠道の刀が弾き飛ぶ。その背が牛車にぶつかり忠道がその衝撃に呻く。

その場にいた全員が息を呑んだ。

チカもソウゴも目の前が真っ暗になる。まるでストップモーションのように刺客の剣先が忠道に向かっていく。

距離をとろうとする忠道の足が牛車の荷台にかかり、ドドンと蹈鞴を踏む。


簾の向こうには「次期将軍」がいる。この目の前の男を殺し、簾の中になだれ込めば後は簡単だ。
刺客は自分の仕事の成功を確信した。

けれど。
自分の手から剣がこぼれおちる。
なぜと思う間もなく、刺客の首元に見慣れた刀が向けられていた。
幼いころ、父親から引き継がれた大脇差だ。翡翠の石が鍔に散りばめられており、決して裕福ではない家の唯一の家宝。
自分の腰を見ればやはりそこには鞘しか残っていない。自分の愛刀に仕事を邪魔されるなんて。
自分の頸動脈に当てられた刃を睨みつけ、刺客手の中から本差しが零れおちる。
もう出来ることは無い。
自害を決意し、舌に歯を当てる。だが、それを噛み切る前に目の前の獅子のような男に顎を掴まれ、首の後ろに受けた強い衝撃とともに意識は暗転した。


「・・・・」
あたりが水をうったように一瞬静まり返った後、パチパチと火がはぜるように歓声が上がる。

忠道の足もとに倒れているの暗灰色の装束の侍達。その数は7人。倒幕派の紋章である「金十字」が装束の背に彫りこまれている。
血は幾分か流れていたが、刀の傷よりも刀身で殴打された傷が目立つ。どれもが昏倒していたが、息はあるようだった。
あの一瞬で手加減までする余裕があったのかとチカは背筋を凍らせた。

忠道の顔色は悪いまま、その目だけがらんらんと光っていた。
躊躇も何もない「二」がない「一」だけの動作。
手合わせを何度もしていたが、それがどれだけ手加減をした上でのことなのか痛感し、チカもソウゴも抜くことさえできなかった刀を握り締める。
周りが動揺を収めることもできず、泣いたり大声を上げたりする中、忠道は侍従達によって捕縛されていく侍を一瞥もせず、持っていた翡翠の鍔の脇差を倒れ伏したままの刺客の腰に戻すと、つめていた息をフっと吐き出した。そうして躊躇なく牛舎に再度足を掛けその床に突き刺さっていた自分の刀を引き抜き、いつも通りの奇麗な所作で鞘にしまった。

「たっ忠道君、怪我は?」
「あ〜・・大丈夫。」
そうは言っても、頬には手足にも痣や擦過傷ができていて痛々しい。怪我をしている忠道よりも痛そうな顔をして、チカとソウゴが持っていた手ぬぐいで服に飛び散った返り血も丁寧に拭う。その二人の手はぶるぶると震えていた。だって、もう少しで死んでたかもしれない。自分の大切な人が。
なのに自分達は一歩も動けなかった。なんて情けない。刀を持っているだけの腰ぬけが「侍」など名乗れるはずもない。
「チカ?ソウゴ?」
名前を呼ばれるともう駄目だった。
その身体に両方から抱き着き、確かに温かく脈動する音を聞くため、きつくきつく身体をくっつける。

「ちょ・・苦しいってばか、暑いし。」
でも、忠道は二人をそのままに、その上、「大丈夫だ。」と言い聞かせるように二人の頭をポンポン大きな手で撫でてくれた。

今まででもコップの中いっぱいになっていた「好き」が、もっともっと注がれ、コップの中からこぼれ出すような心持に耐えきれそうになかった。
耐える意味もない。家なんかより、侍としての矜持や男としてのメンツなんかより大事なものがある。

二人が同時に口を開く。
(俺を貴方の小姓にしてください)

けれどその言葉が忠道の耳に届く前に、忠道が二人から離れてしまう。

忠道の視線の先には、若様のいるだろう金色の簾。牛車の周りでは侍従達が右往左往し、簾の隙間から若様だろう足がのぞく。品のいい高そうな革靴。

「若様!お怪我は?」
「・・・・問題ない。」
高い、まるで女のような声。
「若様!なにをなさいますか!」
「わ!若様!なりませぬ!」
側仕の制止の声もむなしく、金色の糸で組まれた簾が上げられる。
その姿を認めた瞬間、誰もが息を呑んだ。

「・・・え、ええ〜?若様って姫?」
「んなわけねーだろ。」
牛車から下りたのは革靴と同じくこれまた品のいいチャコールグレーのスーツを着た細身の少年だった。「立てば芍薬座れば牡丹 歩く姿は百合の花」そういう言葉がぴったりの白い肌。大きな目。一度も染めたことがないだろう真黒で艶やかな髪は耳にかかる程度で奇麗に切りそろえられていた。
チカが嫌悪する作り物の儚さや愛らしさではない。化粧も何もしていないはずなのに、少女のように華奢でその頬の滑らかさは触らなくても想像できるほどだった。
そして皆が驚いたのはその容姿だけではない。
大きく黒い黒曜石のように美しい瞳から大粒の涙があふれ落ち、真珠のように白くそして薔薇のように色づいた頬を滑り落ちる。


若様は声を上げず涙を流しながら、けれでもその大きな瞳を一瞬もそらすことなく忠道を見ていた。
そうして同じく自分の方に視線を向けたまま石のように固まる忠道に細く白い手を伸ばす。
「・・・・」
忠道に寄り添っていたはずのチカとソウゴは、いつの間にか人ごみの中に押しやられていた。

もしかしたら160もないのではないか。そう思うほどに華奢で小さなその身体が忠道にしっかと抱き着いた。その細く白い手は褐色の逞しい首に回される。

「・・・あ〜・・・チカ、ソウゴ。転入の案内は、俺一人でやるから。」
そう言って、チカの手から入学案内の茶封筒を抜き取った忠道の頬は、紅潮していた・・・ように見えた。



本日何度目か分からない悲鳴が地響きのように沸き起こったのは言うまでもない。



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