キスくらいして欲しかった。 #2
はっと気付いたら、レンタルビデオ屋の前に立っていた。
あの火曜日までは必ず隣に博正さんがいた。
あの日以来、ずっと「早上がり」を断って「残業」を任してもらってたのに。遠回りして、このビデオ屋を視界に入れないようにしてたのに。
何やってんだろう。
そう思うのに、足が店の前から動いてくれない。
店の中に入ると、閉店時間が近いせいか、店員以外、誰もいなかった。
重い足で棚と棚の間を歩く。
そうしてるうちに、あるシリーズをそろえているコーナーで俺の足は止まった。
どこが面白いのかわからない。だけど博正さんがここに来たら必ず借りる映画
これを博正さんが見てるとき、俺は決まってジグソーパズルをしていた。同じパズルを完成させてはバラして。時々博正さんが、ピースを蹴っ飛ばして笑った。
やばい。目の奥がぎゅううっと押さえつけられるように痛んだ。
やばい。
「ふ。」
俺の手はチャップリンの「独裁者」を持ったまま。
俺の目から、ボロボロと球になった涙が出てくる。
好きだったんだ。
最後くらいはちゃんと抱いて欲しかった。
帰り際に、キス位して欲しかった。
「く、くそ、オヤジ。ハゲ。デブ。死ね。」
嘘。嘘。
死なないで。
戻ってきて。
セックスなんてしてくれなくてもいいから。
「う・・・う・・・・」
このまま、このまま、ずっとずっと、俺は博正さんのことが好きで、抱いてもらえもしないのに、ずっとずっとこうやって待つんだろうか。
望みなんてもうないのに。
俺は、ずっと一人なんだろうか。
一人で。
「あ、あの、お客さん。大丈夫ですか?」
その声に、俺は慌てて、顔を上げた。
ゴトンと俺の手からビデオが落ちる。
「す、すい、すいません。ちょっと会社で、い、いやなことがあって。」
顔を腕で擦りながら、息を吐く。
ガキみたいに横隔膜がヒクヒクとせりあがって、ひどく情けなかった。
「いつも、一緒の人、今日はいないんですね。先週は来られなかったし。」
「・・・・・・・・ひ・・・」
顔を覆った。その指の隙間から涙がボロボロこぼれ出る。
もう、恥ずかしいとかそんなこと構う余裕もない。
思い出すのは博正さんのこと。
俺が、高校生のときのままだったら、まだつきあってくれてたんだろうか。
可愛いって、好きだよって、前みたいに、言ってくれてたんだろうか。
「くそオヤジ」
キスくらい。
キスくらいして欲しかった。
【END】
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