#10【完】
その日から、3日。忠道は授業にも執務室にも一向に姿を見せなかった。
チカは未だ帰ってこない忠道の部屋に毎夜忍び込み、その甘い香りの残るベッドの上で、一日のオナニー回数の新記録を連日樹立した。淡白すぎて愛が感じられないという理由でたびたび彼女の機嫌を損ねてきた自分がどうして。情けないやら悔しいやら申し訳ないやら、ぐすぐすと鼻をすするも、あの顔を思い出すと、下半身は再度ムクリと勃ちあがり、もはや快感を過ぎヒリヒリと痛み始めたペニスにますます泣きたくなった。
一方のソウゴはというと、今まで侍らせていた小姓達を部屋から叩き出した、チカと同じように想い人の痴態を思い出しては勃起する自身に頭を抱えた。
周りが思うよりもソウゴはある意味でピュアであり、こと、会長様に対しては、大好きで尊敬していてこの自分が受け手になっても良いくらいに想っていた。けれどそれと同時に、きらきら輝く忠道は、摺れっきれたソウゴにとって、汚してはならないサンクチュアリでもあった。なのに・・・あの痴態を知った今、覚えるのはただただ劣情で。
二人は三日間、一睡もしていなかった。そのことについてお互い何も言わず。目も合わさないまま。もはや習慣となった書類整理のために執務室の扉を開ける。
そこには、会長席で頬杖をついている忠道と、地べたに正座して水飲み鳥のように何度も頭を床につけている允只とそのお付きの者。
「た・・・・忠道くん!!??」
「あ〜おはよ。」
あまりにも普段通りの会長様の態度に、チカもソウゴも「おはよう」と返す。
「・・・・兄様・・」
「兄様じゃない赤の他人だ。」
「そっそんなひっぐ・・ごめんなさい。だって、僕すごく寂しかったんだもん。僕の小姓になってくれるって約束し・・・」
「してない。」
「うそ・・だってしたもん。パパが良いって・・・」
「将軍様がおっしゃったんだとしても俺は許可してない。」
「でも・・・だって・・・」
「俺 は 許 可 し て な い。」
「そんなぁ〜〜〜」
哀れな様子をむしろこちらにも見せびらかす様にふるまう允只の顔を見て、二人はぎょっと目を剥いた。
あの可愛かった御尊顔が、まるでゴム毬のように腫れあがり、鼻にはティッシュで作った鼻栓がコントのごとくめいっぱい詰め込まれている。
周りのお付きのものもひどい有様だった。あるものは両腕ギプス。あるものは松葉杖。
あるものはまるで小鹿のように震え、閻魔さまのお裁きを待つ罪人のように両手をすり合わせてぶつぶつ呟いている。
「た、忠道君。・・・若様の小姓・・・じゃないの?」
チカが恐る恐るそう尋ねると、忠道からまるで親の仇でも見るかのように睨みつけられる。
「俺は誰の小姓にもなってない。・・・・こいつは腹違いの弟だ。 」
それからの忠道の説明は、イレギュラーアレルギーのチカは勿論、ソウゴも付いて行くのがやっとの展開だった。
「俺の母さんは、イッパンで、将軍様が学生のときにつまみ食いしただけの妾。認知はされたけど、妾のガキの俺は嫡男じゃないし、そんで、母さんは四年前に将軍様ときっぱり別れて今は会社員の宮本のおじさんと再婚したから、もう徳川とは一切関係ねーよ。」
「関係なくない!関係なら、この間、既成事実、濃厚につくっ・・・ぶえぇっえ!」
パン!
「・・・・」
バン!
容赦ない平手打ち。しかも往復。
すっげえ鈍い音した。逆に痛いやつ。
「じゃあ、僕を兄様の小姓にして!ね?それならいいでしょ?」
この弟、つええ。折れない心。ハンパねえ。
「良いわけないだろ。バカ。超バカ。」
「馬鹿じゃないもん。」
鼻栓ぶっささったその顔じゃぶりっこなんかしたって効き目なんかないだろうに・・・しかも上目遣い。逆効果だろ、笑うに笑えん・・・とチカは痛むこめかみを指でぐりぐりと揉みこんだのだけれど。
「あ〜くそ・・・・允只。」
「兄様」には効果があったらしく、忠道が困り顔で腕を広げると待ってましたとばかりに若様がその膝に飛び乗った。まるで子猫が親猫に甘えるかの如く頬を分厚い胸板にすりよせる。
「反省したか?」
「うん!」
その頭をよしよしと撫でる忠道。忠道は自分に対して陰湿極まりない苛めをした者を今のようにいとも簡単に許した。ひどい目にあわされた時の記憶がごっそり抜け落ちたみたいに、きっぱりあっさりと。
そういう男なのだ。
だからこそ、チカもソウゴも惹かれたのだけれど。
「えへへ。兄様大好き。」
美しきかな兄弟愛。大団円。
「って待て待て待てーーーい!!!!「FIN」できるか!できるわけねーっしょ!!エンドロール引きちぎるっつーの!!!」
その流れにいち早くストップをかけたのはソウゴだった。
「忠道君!!こいつ忠道君に手を出したド変態だよ!!仕込むとかそんなことやる最低の・・・」
「あ〜アレ嘘、ローションにお薬少々混ぜちゃいましたっ効き目すごいね!」
てへへとしなを作る若様。「ローション?なんのこと?」とばかりに、允只とソウゴを交互に見やる忠道。
「甘栗むいちゃいましたっみたいなノリで言ってんじぇねえ!!!!!この糞!殴る!」
夜な夜な調教される忠道を想像して抜いた分その罪悪感と言ったらハンパなくないない。
涙目で殴りかかろうとするも、黒子達に抑え込まれソウゴはサルのようにキーキー喚いた。
「どっどっちにしろ、最低な奴じゃ!こんなん傍に置いたら・・・・・・・」
ここ何日かすべての事項においてソウゴに後れを取っているチカも声高に異議を申し立てる。冷静さを置き忘れたまま駄々っ子のように両手をぶんぶん振って。
若様は焦る二人を一瞥したあと鼻で笑った。
「うるさいなあ〜。部外者は引っ込んでろよ。俺と兄様の固い絆の間に割り込めるわけないだろ?」
見せつけるように忠道の首っ玉にしがみつく。
「てめえ〜性懲りもなく何しよんじゃ!」
今度こそはと、チカが先に動いた。
頬を怒りと嫉妬で紅潮させ、允只の襟首をひっつかみ後ろに引っ張る。けれどやはり子猫のように忠道にかじりついて離れない。
「きゃああああたすけてええ〜兄様!犯されるよぉ〜〜」
「犯すか!ボケ!俺は・・・・」
「・・・俺は?」
至近距離で忠道と目が合う。
その首すじに病的なほど散らされたキスマークを見つけてしまい、くらりと鼻の奥が熱くなる。
無言で允只を引きはがし、忠道の普段着兼制服である作務衣の合わせをこれ以上ないほどにぴったりと閉めそうしてその足元に跪いた。
両手は忠道の豆だらけの右手を握って。
「俺は、忠道君を守りたい、この糞性悪から。」
「ん?」
いや、「?」じゃねえ。
どう考えてもあんたの弟のことじゃ・・・
けれど、忠道は首をかしげるばかり。
いや、ピュアで優しくて人を疑う事知らない会長様にもはや変化球なんて何の意味もない。
「俺は貴方の小姓に・・・・」
「ちょっと待った!!クソチカ!何抜け駆けしてくれてんだ!!忠道くんの小姓は俺が!!!」
と、ソウゴも慌てて一歩踏み出すが、なぜか満身創痍の黒子達も同じように一歩前へ踏み出していた。
「え」
「え」
「・・・」
「・・・」
「なあ〜おなか減ったし、食堂行かねえ?」
「え?」
「え?」
一人の男を賭けた、幕府と大侍の長い闘いの火蓋は今まさに(こんなにグダグダなまま)切って落とされたのだった。
【End】
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