朝………微睡んでいると、髪を優しく撫でられた。
それが心地良くてしばらくじっとしていると、今度は頬にそっと触れられる。…………少し、くすぐったくて眉根を寄せると、小さく笑う気配を近くで感じた。
広めの寝室の窓ガラスには、透き通った朝日がキラキラ輝いたが、その光の届かない所はまだ薄暗い。
大きな掌に包まれる様にしながら安心し切って再び眠りへと落ちて行こうとするが、唇に軽く、けれどしっとりと落ちて来た感触に意識は急浮上する。
「……………………。」
「……………………。」
至近の距離で見つめ合う二人。サラは徐々にハッキリしてくる意識の中、自分が何をされたのかようやく思い当たる。
「…………………おはよう、ございます。」
このままの姿勢は中々に心臓に悪いなあ、と思いながらサラはひとまず挨拶をした。
「ああ、おはよう。」
エルヴィンは囁く様に挨拶を返してから、柔らかく微笑む。
(おかしいなあ………。いつもは私の方が早く起きるんだけど…………)
サラの唯一の取り柄と言えるのは朝が強い事である。常ならばエルヴィンが起きる頃には朝食の仕度をしている筈なのだが…………
「…………今、何時でしょうか。」
言いながらサラは目を擦って上半身を起き上げる。その際に露になる肌を隠す為にシーツを胸元までたくし上げながら。
しかし、起き上がったサラの首にはしっかりと鍛えられた左腕が緩く、けれど何処か強い力を持ってまわされ、すぐにベッドの中へと引き戻されてしまう。
「………………わ、」
サラは驚いて声を上げるが、同時に非常に恥ずかしくなった。朝にも関わらず心臓がせわしく鼓動を刻み付けるのがよく感じ取れる。
「まだ………時間ではない。」
エルヴィンはサラの事を後ろから抱きしめながら寝起き独特の掠れた声で言葉を紡いだ。腕の力は徐々に強くなっていく。
「そうですか…………。」
サラは顔に集まって行く熱を必死で抑えようと深呼吸して瞳を閉じる。………しかし、既に耳にまで赤みが達していた所為で、サラの胸中はエルヴィンにとっくのとうに露見していた。
それがおかしくて笑みを漏らし、彼女の首に腕をまわしたままでその髪へと触れる。さらりとしていて掌中で流れる様な感触だ。
しばらく触れては離しを繰り返していると、サラが面白そうに「エルヴィンさんは本当に私の髪が好きですねえ。」と言う。
「ああ………。好きだ。」
素直に答えると、触れ合うサラの素肌がじわりとした熱を持つのを感じた。………今日も我が家の妻は分かりやすくて非常によろしい。
「………それじゃあエルヴィンさんは私じゃなくて私の髪が好きになって結婚したんですか?」
何処か拗ねている様な口調である。恐らく主導権を握られっ放しな事に関する彼女なりの抵抗なのだろう。
「……………そうかもしれないな。」
エルヴィンの解答にサラは驚いて体を反転させる。そして向かい合っては「そ、それはひどいです…!」と猛然と抗議をした。
そんな彼女に対してエルヴィンは、まあまあ落ち着け、と笑顔で宥めてやる。
………そして落ち着いてくると同時に寂しそうな表情をするサラに、「………前が丸見えだ。」と零した。
途端に血の気が引いた様に顔を青くしたサラは先程まで使用していたシーツを胸元へと持って来る。
しかし、その作業が完了する前にサラがエルヴィンの力強い抱擁を受けた為に、結局彼女の体は充分に隠されないままとなった。
どうしようもない愛しさを胸に抱いて、エルヴィンはサラの首筋に顔を埋める。
それから、「冗談だ」と告げてから、「………愛している。」と囁いた。
サラは………もう、降参とばかりにくったりと体の力を抜いてエルヴィンに体を預けている。
「ありがとうございます…………。」
小さな声で自らの愛情を伝えながら。
やがて薄かった朝日がいよいよ輝き始めながら部屋へと差し込む。
始めは生成色の壁へ、ごくうっすらほんのりと影がさす。物の影もその形がはっきりとしない。
しかしその間の光の色が美しい。温かみのある穏やかな黄金色であった。
…………時刻はとっくにいつも二人が起き出す時間を過ぎている。
だが彼等の寝室は未だにゆったりと微睡んだ様な、優しい空気で満ち満ちていた。
◎